November 13, 2006

第2回リアクション E1 S−1


おかしな二人 (The Odd Couple)



 先日、下界から帰還したという《アルカディアにもいるもの》副学部長テオフラスト・パラケルススの二人の弟子。二人は何かを隠していると言った様な話が、学院内で流布されつつある。
 アデイ・チューデントとインザーラ・ティス。二人の助手は下界での出来事や、過去の事柄について未だに口を堅く閉ざし続けている。
 週が変わっても尚、このおかしな二人に接触を試みる学生は、後を絶たないようだ。


 S−1 不良少年

 《アルカディアにもいるもの》の教諭、エリクシール・パルヴスの授業は一風変わっている。エリクシール自身は教室に姿を見せないのだ。それどころか、ここ30年ほど、彼(彼女?)の姿を見かけたものは居ないとされている。
 本日もいつものとおり、教壇にはエリクシールの一番弟子、助手のブラシウス・ヘルバが立っている。
「では、始めますか。パルヴス師、よろしくお願いします。」
 決して美声とは言えないブラシウスの一声に応じ、教室内の弟子、その全ての思考にエリクシールの声が響く。こちらは対照的に男性とも女性ともつかない、澄んだ若々しい声だ。
「今日はコリアエの近代史について学びましょう。まずは年表を。」
 エリクシールの『思念波』によって進行するこの奇妙な授業。レイリア・サルモンにとっては、最早馴染み深いものとなっていた。彼女はエリクシールの直弟子であり、既に卒業試験を受ける修行年数と成っていた。
 隣には同門で同学年かつ同年齢のトト・メタリカと、兄弟子に当たるレビィ・ジェイクール、ファブレオ・アントニオが席についている。四人とも卒業試験の対象者ということで、熱心にエリクシールの頭に響く声に耳を傾ける。
 いや、一人居眠りをかましている奴がいた。トトだ。豪快にいびきをかく。
 当然、助手のブラシウスにつまみ出される。
「トト。そんなに姉と同じ道を歩みたいのですか? 邪魔になるので出て行ってもらいます。」
「ふぁ〜〜っ。はいはい、出て行くよ。」
 あっさりと退席するトト。レイリアには信じられない行動だ。師を尊敬し、常に授業には真面目に出ていた以前のトトからは想像の出来ない振る舞い。
「ちょっと、どういうつもりです?」
 レイリアは問い詰めるが、トトは全く興味が無いよ、と手をひらひらさせて行ってしまった。
「どうしたんだ、あいつ。最近、変だな。」
 レビィも同じく首をかしげる。確かにトトは皮肉屋ではあるが、決して不良ではなかったはずだ。
 ざわつく教室。それを制したのはエリクシールの優しい声だった。
「やる気の見られないものには、受講してもらわなくても構いません。……授業を続けますよ?」

「……という訳で、下界への修行制度はこの頃成立しました。」
 エリクシールの朗読に合わせる様に、ブラシウスが魔法を操り、テキパキと史料を表示させる。
 下界への憧憬を強く抱くレビィにとっては、興味深い授業となったようだ。
「制度成立当初の目的とその経緯は、きちんと理解して欲しいところですね。特に、卒業を間近に控えるレビィさん、ファブレオさん。」
 突然声をかけられ、反射的に返答するレビィとファブレオ。
「あなたたちには期待して……すからね。卒業試験の……は近々お知らしぇ……ます。では、今日はここまでとしましょ……」
 急に聞き取りづらくなるエリクシールの声。「念波の入りが悪くなる」、「ノイズが走る」などと表現される、たまに起きる現象だ。
 ブラシウスが諦めた感じで授業の終わりを告げ、生徒たちはバラバラに席を立ち始める。
 エリクシールに聞いておきたいことのあったレビィは、後ろ髪をひかれる想いで教室を後にした。






Posted by hastur at 08:27 P | from category: リアクション | TrackBacks
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