May 10, 2005
第3回リアクション E2 S−1
ある父と娘に関する物語・B
あたいの父親は昔、家を追い出された事がある。それでも笑ってあたいにこう言うのだ。
私はジェイルほど強くなかったからね。いつもどうやって家に戻してもらおうか、そればっかり考がえていたよ。
……あたいだって強くもなけりゃ、早く家に帰りたいよ。
S−1 青色の鳥
あたいは以前にも増して警戒を強めていた。先日聞いた<誰でもない>の話のせいだ。
彼女は人間を滅ぼす魔法を作ろうとしている。もしかするとあたいら二人を抹殺するくらいの魔法は出来ているのかもしれない。あたいらがエルフでないと知ったら……。
人間だとばれないようにこそこそと暮らしていくの? それとも外に出る方法を見つけてここから逃げる?
どちらにしても、人間を滅ぼす魔法なんて完成させるワケにゃいかねーし。
とにかくまだ謎が多いと思った。煙と音楽、<誰でもない>の真意、そういえば彼女はどこにいるのだろう? 館の三階以上にもまだ行ってないし……。
そのとき、新たな疑問が湧いた。クラヤミの事だ。あの猫はあたいらのことを人間だと見抜いているはずじゃ……これだけ一緒にいるのだし。それとも何か別の事情があるのか。
あたいはクラヤミを探しに、緑色の部屋から飛び出した。
螺旋階段を勢いよく降りると、少し目が回った。仄かな灯火に照らされている、だだっ広いホールを見回してみたが、クラヤミはいないようだった。
柱時計は5月5日の朝を示していた。あたいは台所へと回った。
クラヤミはそこのテーブルの上でうたた寝をしていた。その前方には見慣れないものがあった。それは少し大きめの鳥籠だった。しなやかな木の枝を編んで作られたもので、内側には餌と水を入れる器もついていた。足りないのは中にいるはずの鳥だけだった。
よく見るとその横にカードが置かれていた。
ノースウィンドさんへ。この鳥の世話をお願いします。餌は湧き場所から出るはずです。<誰でもない>より。
カードにはそう書かれていた。あたいはなんとなく馬鹿にされた気分だった。空っぽの鳥籠の世話?
その頃になるとクラヤミも大きなあくびをして起き出していた。そしてあたいと鳥籠を交互に見交わした。ちゃんとめんどう見ろよ、と言ってるようだった。
分かったよ、みりゃーいんだろ。
半分自棄だった。
そうこうしていると朝食をとりにルアが降りてきた。ルアはいつもと違って陰鬱な感じだった。
彼はうつむき加減で小さく、おはよう、と言って台所のテーブルに着いた。鳥籠の存在に気づいたらしく、あたいにこう言った。
どうしたの? この鳥。
……あたいは暫く返す言葉がなかった。どうしたの? この鳥籠。そう尋ねられると思い込んでいた。でもルアは、この鳥、と言った。
ルアは特にふざけている様子でもなかった。やっぱり彼には見えているのだろう、さらに言葉を続けた。
綺麗な青い鳥だね。
そう言われて初めてこの鳥の色を知った。まだ形や大きさ、鳴き声といった大部分が謎のままだった。でもあたいは間髪いれずに答えを返した。
ああ、頼まれちゃってね。世話することになったんだ。
あたいは、あたいには鳥が見えていないという事実をとっさに隠した。なぜそうしたのかは分からなかったけど、ある種の劣等感に似たような感情が働いていたように思う。
ちょっと待ってな。すぐ朝飯用意するからさ。
あたいは何かをごまかすように朝食の準備に取り掛かった。湧き場所の樽の中には小さな布袋に入ったトウモロコシの粒があって、それが例の餌なんだなと察した。
前の日に作った鶏ガラスープを温めた。簡単に卵を焼いて、葉菜と果物でサラダを作った。黒パンを皿に乗せた。
そうして食卓を整えた後も、ルアはどこか暗かった。その直接の原因は大体予想がついた。<誰でもない>だろう。
だからといってこんなに暗いルアは見たことがなかった。あたいは……気になった。
どうした?
あたいはルアの顔を覗き込んだ。
するとルアはびっくりしたように後ろにのけぞった。
な、なんでもないよ。
と慌てていた。でもすぐに気を取り直してあたいに問いかけた。
ジェイルは早く、ここから出たい……よね?
まぁね。出来りゃ、早く出たいね。
ルアはそのあたいの回答を噛み締めているようだった。食事する手を止めて、何か考え込んでいるようだった。
もしかすると、脱出方法が見つからないことで、焦っているのかもしれない。
なぁ、熱すぎるスープは冷めるまで待てばいい、って言葉知ってる? 焦ったって、いい考えは出て来ないさ。
あたいはそう言ってルアを慰めた。
ルアは小さくうなずいて、パンを食べ続けた。少しは気が楽になっているようだった。
00:24:05 |
hastur |
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