December 29, 2006

第3回リアクション E1 S−2


 S−2 永遠の人

 その日のエリクシール・パルヴスによる「回復の原理」の講義には、レビィ・ジェイクール、レイリア・サルモン、ファブレオ・アントニオに含め、先週歴史学の授業を途中退席したトト・メタリカの姿もあった。
「先週のあれ、なんだったんだ?」
 早速レビィがトトを問い詰める。
「いや、何でもないよ。」
「最近、トックの方も調子悪いみたいだな?」
 ファブレオも追撃する。
「授業、始まるよ?」
 トトは何食わぬ顔で、レジュメを取る準備をした。

 いつものように、小柄な助手、ブラシウス・ヘルバがエリクシールの説明を補足するよう、魔法で図表を展開する。
「即ち、《アルカディアにもいるもの》の流派魔法による『癒し』とは、微かな魔術によるそれとは異質の物となります。人は――動物や植物にもですが――そもそも自己治癒能力を備えています。その機能を一時的に引き上げ、怪我や病気を治癒するのが微かな魔術による回復です。
 《アルカディアにもいるもの》の『癒し』は、その対象の自己治癒能力によらず、別の力をもって治癒を行います。その力の事を、仮に『ルルドの息』と呼んでいます。」
 この辺りは『癒し手』の高学年者ならば常識的な範疇だ。復習ということなのだろう。
 トトは熱心にその頭に響くエリクシールの言葉を、漏らさず書き留めていく。
 その様子を横目で捉えていたレイリアは、隣の席のレビィにこっそりと囁いた。
「どうしたのかしら? この前と態度が全然違うわ。」
「そうだな。気になるな……。」
「何かに取り付かれているんじゃないかしら。」
 その時、トントンと教壇を叩く音がした。見ると、ブラシウスがその大きなギョロ目でこちらを睨んでいる。
「うわ、やべっ。」
「続きは後でね。」
 二人はこれ以上睨まれない様、授業に専念することにした。

「師匠。その『癒し』と外科的な術を組み合わせ、より高度な治療を行うことは可能でしょうか?」
 この時のために考えていた質問を、投げかけてみるレビィ。
「そうですね……今までそのような事を試みた者は余りいません。こういう事は言えるでしょう。魔術の効果は、その対象に近ければ近いほどより大きな効力を得ることが出来ます。例えば、切開し病巣を表出させ、そこに『癒し』の術をかければ今まで以上に快方が早まるかも知れませんね。」
 自分の発想が全く的外れではないという事が分かり、レビィは少し満足感を得た。
 そこにブラシウスが補足説明を加える。
「触媒を用いることで、更に効果は増しますよ。例えば、これ。」
 何やら、人間の形をした植物の根のような物を取り出すブラシウス。
「マンドラゴラというティモル島に生息する植物怪異は、魔法の触媒として非常に高い能力を有しています。……これはただの模型ですけどね。」
 薬草学のエキスパートとして知られるブラシウスは、淡々と続けた。
「但し、君たちだけで取りに行こうなんて思わないように。これを採取するのは至難の業です。かなり危険も伴います。私も、実物は手にした事はありません。これを保有しているとしたら……《怪異学派》のインタ・スタアゲ学部長くらいでしょうか。」
「へぇ、凄い貴重品なんだ。」
 感嘆の声を上げたのは、トトだった。

 授業が終わり、レビィとファブレオ、そしてレイリアは教室に残り雑談に興じていた。トトはと言えば、とっとと寄宿舎に帰ったようだ。話題には、そのトトに関することがあがる。
「流石に変だな……授業をサボるかと思えば、今日なんかは基礎的な事まで食らい付いていたし。」
「トックの方も調子を落としているみたいだしな。まぁ、うちにとってはそのままでいてくれたら、有難いけど。」
 ファブレオは、自分のチームの成績を案じているようだ。
「だから、何かに取り付かれているんじゃないかしら。」
「何かにって?」
「さぁ、そこまでは……例えば、怪異とか?」
 レイリアはトトの変化を気にしているようだ。原因さえ分かれば、自分で「治療」を施してあげようとさえ思っているのかもしれない。
「じゃ、今度、機会があれば本人に直接聞いてみるか。何か悩みがあるのかも知れないし、レイリアの言うとおり、何かに取り付かれているのかも知れない。」
 取り敢えず三人とも、相弟子の身を案じているのは確かなようだ。
「ところで……永遠の命、っていうのは可能なのか?」
 レビィが話題を変える。これはレビィ自身のテーマでもあった。
「そうね。簡単なのは知っていますけど。」
「え?」
「馬小屋だけでしか寝泊りしないとか。」
 いや、それはゲームが違う。
「そんなんだったら……。一年に十万回だけしか心臓を動かさないとかあるだろう?」
 それは漫画が……。
「ははは。じゃ、お魚くわえたどら猫を追っかけるってのは?」
 確かに歳を取らないけど。
 と、ツッコミ役がいない雑談は、その後も続いた。





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December 18, 2006

第3回リアクション E1 S−1


真実の瞬間 (Il Momento della Vérità)



 学院長選、学部長選のダブル選挙を1ヶ月半先に控えた学院内では、様々な不穏な動きが散見されるようになって来た。学院内を破壊して回る謎の人物、ティモル島で不可解な行動を取る《鎚と輪》副学部長、寄宿舎内をさ迷う脚や目玉、そしてそれらを保管する《怪異学派》の学部長、ペンタ部部長交代劇……。
 そんな中、《アルカディアにもいるもの》でも今までにない事柄が起きている。同時に3人もの助手が下界から帰還し、その3人ともが秘密めいた行動を見せている。
 果たして真実は何処にあるのだろうか?


 S−1 彼女と彼

「では、課題をやってきたものは?」
 教室の中に、テオフラスト・パラケルスス副学部長のしわがれた声が響く。
 その声に応じたのは、グレイ・アズロックだった。
「はい、ちゃんと捕らえてきました。」
 グレイがそう言うと、トックもどきが一杯に入った籠が歩いてきた。比喩ではなく、籠が歩いてきたのだ。
「ほぉ、なかなかいいものを作ったの。」
 テオフラストが素直に弟子を褒める。
 グレイが作ったのは、トックもどき運搬用の「カゴアシ(仮称)」だった。その名の通り、籠に足が生えているだけの人工生命だったが、限定的には役に立つ代物だった。
「うむ。評価に値するな。つけておくぞ。」
 そう言いながら、小さな紙に何かを書き記すテオフラスト。もしかすると、グレイの卒業が早くなったのかもしれない。
 一方、授業に参加する事は参加しているが、課題をこなしてこなかったレビィ・ジェイクールは、その様子を黙って見ている事しか出来なかった。

 授業の終了後、グレイとレビィはテオフラストに詰め寄った。
「パラケルスス師。アデイ助手とインザーラ助手について、お話があるのですが。」
 テオフラストはその台詞に、少しだけ眉を動かした。
「そうか……気づいたかの。ここではちとまずい。二人とも後で儂の部屋に来るように。」
 やはり、あの二人には何か秘密がある。確信めいたものを得、グレイとレビィは教諭塔に向かった。

 テオフラストの部屋はちょっとした動物園のようだった。部屋の主はどっかりと椅子に座っており、その傍らにはアデイ・チューデント助手が立っていた。
「さて、どのような結論に達したか、聞かせてもらおうかの。」
 先に口を開いたのはグレイだった。
「あの、アデイさんとインザーラさんって、先生の作った人工生命ではないですか?」
「いかにも! どうじゃ、良い出来じゃろう? しかし、ばれるのが早かったのぉ……。」
 テオフラストは杖の先の手で、頭をポリポリ掻きながらそう披瀝した。
「しかしながら、その論拠は?」
 その問いにはレビィが答えた。
「過去の経歴の不明瞭な事。下界の事を話さない事。この二点では不十分でしょうか?」
「むぅ。流石に経歴までは偽造出来んかったわい。下界の話は……適当に教えておけばよかったかの。」
「……下界の事は教えてもらってなかったので、何も喋れませんでしたよ。」
 アデイが不満をこぼす。
「じゃが、おぬしらの推理は80点というところじゃの。」
 テオフラストが不気味な笑みを浮かべる。
「では、おぬしらにやってもらいたい事がある。アデイとインザーラの正体をばれないように、守ってくれ。儂はこの、学院始まって以来初の完全人型のホムンクルス(人型の人工生命)作製理論を発表し学部長選に挑むつもりじゃ。その為には普通の人間と混ざってもばれない精度のホムンクルスという事を示せねばならん。
 その為には後二週間は隠し通さねばならん。
 もちろん、残りの20点をおぬしらで探し求めても構わんぞ。」





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December 06, 2006

第2回リアクション E1 S−3


 S−3 夕なぎ

 そんなこんなでアデイの介抱をすることになったレビィだったが、背負っているアデイに関してまた疑問を抱いた。自分と比べて殆ど同じ体格のアデイだが、担いでみると異様に軽いのだ。
 そういうこともあり、比較的体力に自信のないレビィでも保健室までの道程は険しいものではなかった。普段ならば、何らかの魔法を使って楽をするところだ。
 ベッドにアデイを寝かせると、軽く診察を行う。診たところ、軽い貧血のようだ。
 『癒し』の魔法を施し、しばらく様子を見る。
 アデイが目を覚ます頃には、日が暮れようとしていた。
「君が治療してくれたんですね。ありがとうございます、レビィ君。」
 ベッドから半身を起こし、礼を述べるアデイ。
「いえ、保健委員として当然のことで。それより、アデイさんに聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「ええ、なんなりと。」
 まだ体調が優れないのか、青白い顔だ。それでも笑みを浮かべ、答えを返す。
「下界ではどんな事をしてきたのですか? 何か面白い話とかあったらお聞かせ願いたいのです。」
 好奇心に満ちた翠色の眼で、レビィは尋ねる。
「その話ですか……困りましたね。期待に応えることは出来そうにありませんね。師に口止めされているんですよ。」
「パラケルスス師に、ですか?」
 先週、インザーラに断られたのと同じ展開だ。それでは、とレビィは切り口を変えてみた。
「では、師匠のこととか、学生時代の話とかお願いします。」
「それなら……師匠、パラケルスス師は昔からとても優れた魔術師でした。魔術師としてだけではなく、人間的にも素晴らしい方です。いずれは学院長となられ、コリアエに繁栄をもたらすことでしょう。」
 賞賛の嵐だ。レビィには『変人』としか映らないが。直弟子となると見る角度も違うのだろうか?
 それよりも、本を朗読したような淡々とした口調に切り替わったのに、何か引っかかるものを感じた。
「学生時代は、特に大きな出来事もなく平々凡々としたものでした。私たちの世代は不作だったみたいで、それ程名の知れた魔術師も出ていません。」
 変わらない口調で続けるアデイ。
 何か釈然としない。何だ……?
「あっ、もう夕方ですか? 寄宿舎の仕事があるので、これで失礼しますよ。」
 アデイはふらつきながらも、保健室を出て行った。

 それとほぼ同時刻、グレイは自分の部屋で『作品』の仕上げにかかっていた。
「先輩。それ、トックかい?」
 同室の学生が声をかける。《怪異学派》のザイクロトル・オークラノスだ。グレイから見ると二歳年下で、先日噂の『足』の怪異を捕まえたという時の人である。
「これがトックに見えるなら、ほぼ完成と言ってもいいですね。」
 《怪異学派》の人間が見間違うくらいならば、目標は達せられたと言える。グレイはテオフラストのトックもどきを参考に、自分なりのトックもどきを創っていたのだ。
 性能はテオフラストのと然程変わらない。しかし、グレイのそれは、本物のトックと同じ大きさをしていた。
「これは私の創った人工生命体ですよ。怪異ではありません。」
「へぇ〜。《アルカディア》ってのは器用だねぇ。そんなもんまで創れるんだ。怪異に見えて怪異にあらず、か。」
 ザイクロトルが感嘆の声を上げる。そして数瞬後、黙考し始める。
「そうか、そうか……その可能性も有るよな。」
「?」
 一人で勝手に納得しているザイクロトルを尻目に、グレイは出掛ける準備をする。
「ちょっと出掛けてきますよ。直ぐに帰ってきます。」
 グレイは手に簡単な魔法をかけて、自作のトックもどきを持ち上げた。行き先は、Cリーグのトック置き場だ。

 これまたほぼ同時刻、寄宿舎の厨房にはレイリアが佇んでいた。
「インザーラさん、どうしたのかしら……?」
 レイリアは、今日はインザーラが料理当番と聞いて、わざわざ志願してここに来たのだ。
 しかし、幾ら待っても当のインザーラが姿を見せない。
「折角、下界の話を色々聞こうと思ってたのに……。」
 そんな事をぶちぶち言っていると、誰かが厨房へ入ってきた。
 見ると、全身にアクセサリーをぶら下げている、赤毛の少女だ。
「あれ? インザーラ、まだ来てないの? 手伝いに来たのに。」
 あの格好で料理をするつもりかしら?
 レイリアはそんな事を思ったが、口にはしなかった。彼女は《契約者》ジータ・モラリスの契約精霊のアリシアだ。
「まだ来てないみたいよ。……で、手伝うって?」
「あ、あたしはデザート専門だけどねっ。」
 そう言うと、アリシアは勝手に作業を始めた。馬鹿でかい皿を持ってきて、フルーツ類も山のように積み上げる。
 そしてどこから持ってきたのか、大量の氷を皿の上で削りだした。
「何作ってるの?」
「ミルクバナナフラッペよ。美味しそうでしょう?」
 名前だけを聞けば確かに美味しそうだ。しかし、量が半端ではない。
 しばらくすると皿の上に、フルーツがあちらこちらに突き刺さった氷の山が出来上がった。標高約300mm。
「さ〜て、今日は登頂(完食)する人、出てくるかしら。でも、単独登頂(一人で完食)じゃないと男らしくないわよね。アタック隊を組んだり(複数人で食べたり)、ビバークする(途中で休憩する)なんて邪道よっ。」
 アリシアはそんな謎だらけの台詞と氷山を残し、立ち去っていった。
 色んな意味で厨房の気温が下がった気がする。

 しばらくすると、やっとインザーラが姿を現した。
「遅れてすみませ……うわっ、何ですか、これは?」
 いきなり氷山を目の当たりにし、驚いてみせるインザーラ。
「さっき、アリシアさんが作っていきました。ミルクバナナフラッペ、らしいですよ。」
「……これ、単独登頂する人、いるんですかね……。」
 よく見るとインザーラの顔色は悪い。元々、色が白く不健康な印象が強いのだが、今はそれに輪をかけて不調そうだ。目の前のフラッペのせいかも知れないが。
「さ、調理、始めましょうか。」
 それを合図に、いつもより遅い夕食作りが開始された。レイリアは邪魔にならないように、その長い黒髪を後ろでまとめた。インザーラの金髪は、もともとミディアムの長さなのでそのままだ。
 手を動かしながら、レイリアはインザーラに話しかける。
「インザーラさんは、下界で修行してきたんですよね? その時の話、聞かせてくださいよ。」
「レイリア、それは聞いても無駄だぜ。」
 いつの間にか背後にはレビィがいた。氷山の山頂辺りをつまみ食いしている。
「どういうことです? レビィさん。」
「下界の話は師匠に口止めされている。そうですよね、インザーラさん。」
 レビィの言葉に無言で頷くインザーラ。
 レイリアは少しがっかりした。
「そんな……下界により良い『癒し』の術があったかどうか、聞いてみたかったのに。」
「そんなものはないよ。」
 また別の声が聞こえた。いつの間にかレビィの背後にトトが立っている。
「《アルカディアにもいるもの》の魔法は『癒し』に関しては最上位のものなんだ。下界にはそれ以上の『癒し』なんて存在しないよ。……つまり、下界じゃ治せない怪我や病気も、コリアエの魔術師なら治せるってことさ。」
 そんな事も知らないのか、という態度でまくし立てるトト。何故か、苛ついているようにも見える。
 確かにエリクリールの授業では、そんな話を聞いた。でも、実際に下界に行ったものならば、未知の魔術なりを見知っている可能性があるはず。そう思い、レイリアはインザーラに話を聞こうとしたのだ。
「あの……下界の話ならば、ニコラウス・ディーラ助手を訪ねた方がいいと思いますよ?」
 インザーラはそう、申し訳なさそうに一言付け加えた。

 一方、グレイとザイクロトルの部屋。
 グレイは例のトックもどきを、トックの中に紛れ込ませて帰宅していた。
「あれ? さっきのトックもどきは?」
「あるところに、ね。」
 ニヤニヤしながら答えるグレイ。この辺、師匠に似てしまったのかもしれない。
「それよりさ、こんな話聞いたことないかい?」
 ザイクロトルが別の話を振る。
「寄宿舎に夜な夜な『足』の怪異が徘徊していた、ってのは知ってるだろう? まぁ、あれは俺と《契約者》の下級生が一体ずつ捕まえたんだけどさ。それとは別に、夜になると外からうめき声が聞こえてくるんだってさ。」
 その話ならグレイも聞きかじっていた。
「確か……旧貯蔵庫の方から、という話でしたね。」
 旧貯蔵庫は、寄宿舎から少し離れたところにある洞窟で、今は誰も寄り付かない場所だ。貯蔵庫としては既に使われていないし、そこに至るまでの道には怪異や獣がよく出現する。旧貯蔵庫までの道は『危険な道』という俗称が付けられている。
「そうなんだよ。それが『足』や学院破壊魔と関連があるかどうかは分からないんだけどねぇ。」
 ザイクロトルは少しそのうめき声に、興味を覚えているみたいだ。
「それより……夕食、まだかな?」

 夕食はほぼ、完成していた。
「じゃ、それ、食堂に運んでください。レビィ君はそのフラッペを持って行ってください。」
「えぇ? これを……」
 トトやレイリアは、パスタやサラダを運び出している。インザーラは「別の用事があるので」と言い残し、厨房から去って行ってしまった。
 インザーラに聞いておきたいことのあったレビィは、後ろ髪をひかれる想いで厨房を後にした。





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