September 11, 2007

第8回リアクション D1 S−2


 S−2 橋のない川

 意を決して飛び込むと、目の前には意外な光景が広がっていた。
 水に飛び込んだはずなのに服は濡れておらず、空気も普通に存在していた。何より、その広さに驚いた。
 足元には石畳の街路。左右には屋根の尖がった、石造りの小さな家屋。それらは全て縞瑪瑙で作られていた。そして、道の先には瀟洒な城が目に入る。
「な……何、ここ?」
 目をぱちくりさせるクロエ。その頭上にはロープが垂れ下がっていた。何かのために、ミルウスに上空で待機してもらって、その脚にロープを結んでおいたのだ。
「凄いところですね……。」
 ショウの方も驚きを隠せない。しかし、不思議と警戒心は沸き起こってこなかった。
「じゃ、『精霊王』に会いに行きましょう。」
 ショウは歩を進める。城に向かって。

 城下町も、城に入ってからも、二人は誰にも会っていなかった。無人の街、静寂の城。多少の薄気味悪さを覚えながらも、二人は玉座のあると思われる場所に向かって歩き続けた。
 そして、そこに、着いた。
 煌びやかな玉座に座っている人物……いや、人の形はしていなかったが、それはショウ達の訪問を予測していたかのように落ち着き払っていた。こちらに目をやり、言葉を待っているようだ。
「あなたが『精霊王』ですか?」
 ショウは玉座にいる者に問うた。
「左様。この精霊界を監視し守護し支配する者であり『王』と呼べる存在である事は疑いようも無い事実であろうがそれとは別に固有名詞を持ち合わせている事もまた明らかに事実でありしかし一般的に広く用いられている呼称は『王』であるからしてその方もそのように呼んで頂いて結構。」
 ショウ達の前に座する者……それは兎の姿形をしていた……は、そう一気に流れるように答えた。その余りにも長くこねくり回した物言いに、文章の意味を理解するのに時間がかかる。
「あの……お尋ねしたい事があるんですけど、よろしいですか?」
 この問いには、『精霊王』は頷いて答えて見せた。
「この前、『森』の精霊さんに聞いたのですが、『怪物』とは何者なんですか?」
「『見えざる力の流れ』と自然を操る事が出来、強靭な生命力を持ち、知性あるものを恐怖に染める事の出来る特別にして普遍であり異変の象徴とも言うべき存在であるが形而上的存在ではなくれっきとした生物だ。」
 クロエは『王』の台詞を理解しようと努力しているようだが、長い割に抽象的な言葉が多いのでそれはなかなか叶わなかった。それはショウも同じ事で、結局『怪物』とやらがどんな形状をし、どんな能力を持っているのか、想像する事すら危うかった。
 しかし、質問を続けるしかなかった。
「では、『怪物』はどうすれば倒せるのでしょう? 対応策は?」
「まずは人間界に戻りエルレインの助けを借りるのが最も早く最も確実な方法と言えるのであるがそれには『王』ではなく儂本来の名前をエルレインに伝える必要がありさりとて儂自身も本当の名前は失念して久しくそれを探す事から始めなければならないと推測される。」
「エルレイン? 名前?」
 隣でクロエが首を傾げる。やがて思い出したように話し始めた。
「エルレインって学院長の契約精霊だったような気がする。」
 《契約者》の学生であるクロエには聞き覚えのある名前だったようだ。しかし、実際にエルレインに会ったことは無いという。クロエはウァリウス・アミニウスの直弟子ではないのだ。
「それと、『精霊王』の名前……。あの、何かヒントのようなものはありませんか?」
「否。儂自身が答えを知っていない訳でヒントと言えるようなものが提示できるかと言えば難しい事であろうがあえて言うならば儂も元々はコリアエの魔術師であり『見えざる力の流れ』を使う事無く大きな力を扱う事が可能でその力によって精霊界の『王』と成り得たとも言える。」
 『王』は赤い目をこちら側へ向け、音吐朗々と答えあげた。
 今一納得がいかない様子のショウであったが、また何かを訊くと長々とした答えが返ってくると思い、その場を立ち去る事にした。





Posted by hastur at 12:14 P | from category: リアクション | TrackBacks
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