November 04, 2004

第1回リアクション E1 S−3


 S−3 館内の珍獣

 黄玉の瞳を持ったその獣は、黒猫だった。その黒猫は僕らになぁと一鳴きして、左側の扉を器用に開けた。まるでこちらに来い、と言っているみたいにこっちを一瞥し、中へ入って行った。
 僕らの恐怖心は既に萎えていた。空腹のためか、半ば開き直っていたのかも知れない。僕らは何の
抵抗もなく、黒猫に誘われるまま左側の部屋へ入って行った。
 そこは台所だった。黒猫は左隅に備え付けてあった樽の横に座っていた。ジェイルは早速樽の中身
を確認した。
 ……食べ物だ。しかも全部新鮮だよ!
 よく部屋を見ると、右側の壁に扉が一枚あった。さっきの柱時計の右にあった扉の先と繋がっているようだった。
 僕はそちらの扉を開けた。隣は食堂になっていた。椅子の数を数えると、丁度十三脚あった。
 台所にはきれいな水の入った桶や、竈もあった。調理道具や食器も揃っているようだった。けどジェイルは樽の中からすぐに食べられそうな物を選び出して、食堂の方へと持ってきてくれた。
 例の黒猫は僕らが食事をしているところをじっと座って眺めていた。まるで黒猫がホストで、僕らがゲストだった。
 僕がこの黒猫から得た印象は、まず最初にしなやかさ。次に聡明さだった。艶のある毛並みから若さも感じた。
 僕らが満腹になり、睡魔に襲われそうになると、また黒猫はなぁと鳴いてホールへと歩き始めた。後をつけてホールに出て時計を見ると、太陽は真下に位置していた。日付も16日に変わっていた。昨晩の星を見る事が出来ないのが、少し悔しかった。
 黒猫は螺旋階段を駆け上がった。僕らも後を追った。二階は一見、奇妙な構造だった。螺旋階段を中心として、壁が正八角形に張り巡らされていた。それぞれの壁には八種類の色で塗られた扉があった。多分色分けされていなければ、どの扉がどの部屋に通じているか分からなくなっていたと思う。
 その内白い扉は浴室だった。木製のタブには丁度いい温度の湯が張られていた。僕らは交互に入浴を済ました。
 黒い扉の向こうは手洗いだった。不思議な事に便器はいつも清潔に保たれていた。ひとたび部屋の外に出ると、便器の中に出したものはきれいになくなっていた。
 紫色の扉は、納屋になっていた。いろんな洋服が掛けられていたので、とりあえず寝間着を探して着替えた。
 残りの五つの部屋はいずれも寝室だった。色は赤、橙、黄、緑、青の五種類だった。どの部屋も同じ造りで、窓には板が打ち付けられていた。その中から二部屋を僕らの寝る場所に当てた。
 螺旋階段は更に上へ続いていたけれど、天井に戸が付いていて、押し上げないと三階以上には行けないようになっていた。この時はとにかく寝室も見つけていたし、黒猫も上へは行こうとしていないようだったからそれ以上進む事はしなかった。
 そうして館での生活が始まった。毎日、日課のように入り口の扉に挑んでいはいたけど、全く開く気配はなかった。
 食べ物が入っていた樽には、毎朝食材が補充されていた。その量はまるで僕らの胃袋の大きさを計ったように適量だった。
 たまには食べ物以外の生活必需品が入っていた。三日目の朝には一枚、剃刀が入っていた。男性の
顎を滑らかにするか、女性の脚を綺麗に保つかと用途を選ばなければならなかったけど、これは女性の脚が圧勝だった。
 でもそれは大した事ではなかった。館での生活が長くなるにつれて気が付いた事だけど、ちっとも髭なんか伸びてこなかったからだ。もともと僕は髭が薄い方だったから気づくのが遅かったけど、髪の毛が伸びてこなかったのは妙な感じだった。
 樽の横の桶にはいつもきれいな水が満たされていた。これらの水や食べ物が増えるところは一度も見た事がなかった。僕らはここをいつしか湧き場所と呼んでいた。
 食事はジェイルのおかげで飽きる事はなかった。時にはかなり実験的な料理が出されたけど、その方がまだ良かった。湧き場所から出てくる食材はワンパターンだったので、僕一人だとあっという間に代わり映えのしない食事の連続になっていたと思う。
 でも食事が原因で喧嘩になった事もあった。ジェイルが人参のサラダを出したからだ。僕はかなり長い時間の説教を受け、とても険悪な雰囲気になっていた。その時は黒猫がさっと食卓に上がり、サラダを平らげてしまったので事無きを得た。
 浴室のお湯はいつもきれいでいい湯加減だったし、寝室のベットは寝心地が良かった。衣食住で困る事は一つもなかった。維持の魔法の意味が少し分かったような気がした。
 ただ一つにして最大の不満は、星空が見えない事だった。

 例の煙と音楽は相変わらず夜になるとホールにやってきた。でも毎晩という訳ではなく、三日続いて現れたかと思えば、五日も間が開いたりもした。
 僕らは暇になってしまった時間をラウンジにあったカードで遊んだり、黒猫と戯れたりしてつぶした。
 そうして単調な日々が一ヶ月以上続いた。でもここで言う一ヶ月も、柱時計の表示に頼っていたので正確かどうかは分からなかった。何しろ空を見る事が出来ないので、その時計盤の数字を信じるしかなかった。何となく、ユープケッチャの方がより正しい時を刻んでいるような気がした。
 そしてその日、唐突に食卓の上にケーキが現れた。ウサギの形をしたそれはスポンジケーキだった。ひょっとするとドモスの形だったのかも知れない。朝、のろのろと起きた僕らが食堂に足を運ぶと、それは既にあった。ジェイルが作ったものではなかった。
 ケーキの横にはカードが置いてあった。それにはこう書かれていた。
 歓迎用のケーキです。どうぞお食べになってください。挨拶が遅れてすみません。また近いうちに挨拶に参ります。館長より。

(次回「ある責任に関する物語」へ続く……)




指針NO.

E01:館からの脱出を試みる。
E02:館に留まって更に調べる。
E03:その他の事をする。




Posted by hastur at 03:24 P | from category: リアクション | TrackBacks
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