July 02, 2006

第9回リアクション E2 S−1


 ある希望に関する物語・B


 いい人にあえるといいね
 いいところにいけるといいね
 いいものにふれられるといいね
 いいことができたらいいね
 いいまいにちだといいね
 いい人を好きでいたいね
 いい人に好きと言われたいね
 いい人にあえるといいね
 いいひとたちと生きれたらいいね
 ほんとに
 そう思うよ


 S−1 変身の予定

 その晩、あたい達は村長の計らいで、宿屋に泊まることになった。その宿屋は以前あたいとルアが泊まった時とは形状が大きく異なっていた。
 一度折れてしまった柱や板を再利用して、なんとか営業できる程度まで修復したという感じだった。やはり、あの時のヌーの被害は大きかったみたいだ。
 でも宿屋のご主人や従業員は以前と変わっていなかった。みんな無事に逃げることが出来たみたいだった。
 あたい達には大部屋を二つ用意してくれていた。一つはあたいと家族用、もう一つはルアとルアの弟のセリア用だった。
 リンプは……クォリネと呼ぶべきなのかも知れないけど……彼女は村長の家に泊めてもらうようだった。ラグおじさんも同じみたいだった。

 あたい達は館を出たその日、村の人たちの質問責めにあっていた。今まで誰も入ったことのなかったあの館の事に、村人たちは興味津々のようだった。
 代わりに村人たちは、外の事件のことを教えてくれた。
 色んなことを聞いたけど、一番驚いたのはリュミエールとオクターブの話だった。
 リュミエールが独立したと言うのだ。しかも王都ではこれを受けて、王都にいるエルフを投獄しているという。さすがに王都の影響の少ない、ここではそんなことは行なわれていないが……。
 リュミエールが独立。フラニスと再び戦争が起きる……かも。リンプはどうするのだろう?
 でも、彼女はどこ吹く風という感じだった。
 私はリュミエールで生まれたわけでも、育ったわけでもない。エルフとして生まれてきたけど、魔法を放棄した時点でエルフ族とは何の関係もないつもりです。
 雪の積もりつつある風景の中で、彼女はさらりと言って退けた。

 一方、オクターブの方の話は無茶苦茶だった。オクターブの街が空に浮かんだと言うのだ。
 こんな僻地ではその噂の裏を取る術がないのでなんとも言えないが、他にも自治や西部の国土の管轄を認めさせたとか、とにかく途方もない話が次から次へと出てきた。
 あたい達はそんな信じられないような話を、ただ首を縦に振って聞き入ることしか出来なかった。
 その中でも、歌のネタに……ということだろう。ラグおじさんは熱心にそれらの話を聞き入っていた。
 そして村の中央の広場は、噂話のるつぼになっていた。あたいはこの情報の隔たりに戸惑いと不可思議を感じずにはいられなかった。
 雪はまだ、止む気配はない。

 ふと気づくとリンプがいなくなっていた。一番彼女の近くにいたラグおじさんに聞くと、忘れ物を取りに行くと言っていたそうだ。
 あたいがお腹空いたな…、と漏らした頃、やっと広場の人々はそれぞれの家へと帰り始めた。あたい達はラグおじさん達にじゃ、また明日、と声をかけて、村長の用意してくれた宿屋へと入った。
 宿屋では母が腕を振るっていた。部屋に入るなり美味しそうな匂いがして来て、あたいは更に空腹を覚えた。
 そう言えばこの数ヶ月、ずっとあたいが作った料理を食べていた。他の人の料理を食べるなんて久しぶりだった。そして母の手料理は本当に久しぶりのような気がした。
 テーブルの上には食べ切れないほどのご馳走が、所狭しと並べられていた。その中央をウサギの丸焼きのようなものが占領していた。
 この地方ではお祝い事がある時に、ドモスを食べる習慣があるのよ。
 母がそう説明してくれて、あたいは例のケーキのことを思い出した。きっとルアも同じことを考えていたのだろう。あたい達は思わず目を合わせて、意味ありげに頷いたりした。
 それを見ていたセリアが冷やかすように喋る。
 兄さん達、館の中でも仲が良かったみたいだね。
 ば、ばかっ。
 ルアは言葉に詰まってしまった。横にいたあたいはちょっと恥ずかしくなった。耳が熱くなるのが分かった。
 その様子に、みんなが笑い始めた。あたいは久しぶりに団欒という言葉を思い出した。

 部屋に戻ると、ウォレンが今までのことを話し始めた。ウォレンはセリアと一緒に、この村にあたい達を捜しにやってきたらしい。
 村はヌーの所為でぼろぼろになっていて、復旧作業を手伝いながら館に入る方法を探していたそうだ。その時に出会ったラグさんの協力も大きかったと、ウォレンは話してくれた。
 一時期、ウォレンは状況を王都にいる家族に知らせるために戻った。しかしその時の王都は大変なことになっていた。急な物価の値上げが実施されたり、更にはオクターブの情勢変化などもあって容易に王都の外へ出られる状態ではなかった。
 そして頃合を見計らって家族総出でここ、クォリネまであたいを助け出すためにやってきたということらしい。
 まぁ、無事で何よりだ。
 父がいつものようにのんびりと話す。そのいつも通りがあたいにとっては何となく嬉しかった。
 だから次の言葉を言うのが少しつらかった。でも、あたいは意を決して、言葉を搾り出した。
 父さま、母さま、ウォレン、ノルン…突然だけど、あたい旅に出ることにしたんだ。
 決心は堅かった。ウォレンは予想通り眼を丸くしていたし、ノルンは何のことだかよく分かってないようだった。
 あたい、家を継ごうと思う。ジェイリーアになってみたいって思えるようになったんだ。…だから、視野を広げるために、旅に出たい。
 あたいの続きの台詞に、父はいつものように、やりたいようにすればいい、と優しく声を掛けてくれた。母は最初は驚いていたけど、気をつけていってらっしゃい、とウィンクしてみせてくれた。
 姉上が戻ってくるまでは僕がしっかり家を守るから。いっぱい勉強してきてくださいっ。
 心配かけまいとしているのか、ウォレンがそう言ってくれる。
 あたいは改めてこんな家族を大好きになった。

 その晩あたいは夢を見た。それはいつものおとぎ話だった。
 その晩の夢はどこかはっきりしていた。今まで見ていた夢はどこか不安定に揺れていたし、結末もいつもあやふやだったけど、その晩は全てがはっきりしていた。
 主人公の女の子はあたいで、男の子はルアだった。あたい達は青い鳥を捜しに森へ入る。
 時計の鐘が鳴る音がして、その方向へ向かうがいつまで経っても鳥も時計も見つからない。
 ふと気がつくと頭の上に何かが乗っていることが分かる。あたいは自分の頭の上を見ることは出来ないけど、それが青い鳥であることが分かる。
 そして鳥の名前がルアフォートであり、ジェイリーアであることさえ分かった。あたいはそっと鳥を飛ばす。鳥は月に向けて飛んでいく……。
 あたいは友人達に聞いたいくつもある結末よりも、この結末が一番ふさわしいと思った。

 ふと、目が覚めた。横ではまだウォレンが寝息をたてている。
 窓の外は暗かったけど、雪はもう止んでいるみたいだった。少し目線を上に上げると、星がちらちらと見えた。
 あたいは上着をつかんで外に出た。
 あたいはあの時と同じように宿屋の屋根に登った。梯子をかけて慎重に登る。すると、屋根の上に既に誰かがいるのが分かる。
 それはルアだった。
 ルアはあたいに手を貸してくれて、屋根の上に招いた。
 見える? 冬の星座。
 うん、よく見えるよ。
 長い沈黙……ルアは星の配置を思い出しながら、夜空を見続けるようだった。その沈黙を破ったのはあたいの方からだった。
 あたい、家を継ぐことにしたんだ。それで、旅に出てみたいな、なんて考えてる。あたい、リンプと同じなんだよ。まだまだ世界のことを知らない。当主としての視界は、全然なんだ。
 ルアはその言葉を待っていたようだった。
 僕も旅に出ようと思ってる。今度は世界中の星を記録したいんだ。……ジェイル、一緒に歩かない?
 当然。
 あたいは笑って即答する。

 気づくとどこからか音楽が流れてきた。最初は滑らかなリュートの音、そしてそれに合わせるように、アコーディオンの音が重なってきた。
 下を見ると、何時の間にかラグおじさんとリンプがやってきて、演奏を始めていた。リンプは少し痛んだアコーディオンを奏でる。言っていた忘れ物ってこれのことだったようだ。
 緩やかな曲は広い外の世界にマッチしていた。ラグおじさんはその曲に乗せて、朗々と歌い始めた。

 運命について考える
 それは抗えないもの だけど変えられるもの
 月と運命の関係は

 選択について考える
 それは迷うもの だけど必要なもの
 館と選択の関係は

 責任について考える
 それは重いもの だけど譲れないもの
 鳥籠と責任の関係は

 親子について考える
 それは難しいもの だけど暖かいもの
 獣と親子の関係は

 殺人について考える
 それは許せないもの だけど贖えるもの
 音楽と殺人の関係は

 愛について考える
 それは欲しがるもの だけど与えたいもの
 星と愛の関係は

 告白について考える
 それは凛々しいもの だけど躊躇うもの
 童話と告白の関係は

 過去について考える
 それは拭いたいもの だけど覚えているもの
 時計と過去の関係は

 孤独について考える
 それは生み出されるもの だけど消え去るもの
 煙草と孤独の関係は

 希望について考える
 それは儚いもの だけど輝くもの
 ケーキと希望の関係は

 十のことを考える 十の答えを持ち続ける
 十の路があるけれど 十の最後は希望だよ


 歌が終わるとリンプ達はあたいのかけた梯子を登って屋根の上に来た。
 本物の星はいいですね。
 リンプはそんなことを口にしてあたい達の横に腰を下ろした。
 なぁ、あたい達はこれから旅に出るんだけど、リンプも一緒に来ないか?
 そうしようよ。僕は色んなものをリンプさんに見てほしいんだ。きっとリンプさんの、自分のやりたいことが見えるはずだよ。
 あたい達の誘いに彼女は、
 ではご一緒させていただきます。ルアフォート……ジェイリーア……よろしくお願いします。
 はにかんでそう答えた。初めてあたい達のことを名前の方で呼んでくれた。そして最後の言葉は自分の両親に向けて言ってるみたいだった。
 ラグさんも一緒だと心強いんだけど。
 ん、誘ってくれてありがと。でもわたしはここに残ります。わたしはここで得たものが余りにも多い。それを還元するまではクォリネに居ますよ。
 ラグおじさんは弦を一つ弾いてそう言い残した。
 夜が明けるとあたい達は旅に出る。
 あたいは視野を広げるために。
 ルアは全ての星を見るために。
 そしてリンプは外を満喫するために。

 あたいがここに来て一年が経った。あるいは一日が経った。
 そしてこれが終わりではなく始まりであることも知っていた。





Posted by hastur at 09:42 P | from category: リアクション | TrackBacks
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