October 14, 2005

第5回リアクション E1 S−2


 S−2 不断の階段

 ふと気づくと柱時計が止まっていた。その確かな証拠に振子がなくなっていた。青い鳥が振子をくわえて逃げていった後だった。
 あたいはあわてて時計を再び動かそうとした。そのためには何かを振子代わりにぶら下げる必要がありそうだった。
 あたいは空っぽの鳥籠をぶら下げた。まだ重さが足りないようで、時計はまだ動かない。
 次に<誰でもない>のアコーディオンをぶら下げた。パイプもぶら下げた。あたいのお守りも、ウサギ型のケーキも、ロイヤルハウスのカードも、ルアの望遠鏡も、木の装丁の本も、クラヤミもぶら下げた。それでも時計は動かなかった。
 あたいはますます焦った。この館の中では柱時計が時間を知る唯一の方法だ。時間が分からないと今までのように生活できない。時間が分からないと人間らしさがなくなるような気がした。
 仕方ないのであたいがぶら下がった。あたいは鳥籠やアコーディオンと混じって逆さまに柱時計の内部にぶら下がった。
 するとようやく時計は動き始めた。あたいたちは柱時計のお腹でゆっくりと左右に揺れ始めた。
 そこから見えるホール内の景色は逆さまで、一定のリズムを保ちながら揺れていた。
 そしてあたいは時間を保つためにぶら下がったまんまだった。この状態では生活することが出来ないと気づきながらも。

 そこで目が覚めた。
 不思議で奇妙な夢だった。そのせいか頭がボーとしたまんまだった。そして目が覚めたきっかけがピーピピピという鳥の鳴き声だったことに気づくのはだいぶ後になった。
 あたいは簡単に身仕度し、一階へと降りていった。 ホールの柱時計はいつも通りだった。止まりそうな気配もない。日付は十一月二十日を表示していた。あたいは何となくほっとし、台所へ向かった。
 湧き場所の食材でいつものように朝食を作り、ルアが起きるのを待つ間手の平に鳥の餌を乗せ頭上にかざす。すると手の平をついばまれる感覚を味わえる。今日も鳥はあたいの頭の上のようだった。
 そのうちルアが降りてきていつものように朝食を済ませる。その後も特にすることはなく、ぼぉっとするだけだった。変化のない生活。あたい達は一日も歳をとっていない。

 あたいはそれから<誰でもない>を訪ねた。先月聞いた話から彼女に対する印象に変化があったからだ。
 生まれてから友達なんてのもいないし、親は死んじまうし、長いこと一人じゃさびしーよなぁ。根性もまがっちまうって。そんなふうに考えるようになった。
 人間を滅ぼす魔法なんて作らせるわけにはいかないけど、それ以外の所で外のことをいろいろと教えてあげるのもいいかなと思えるようになっていた。
 柱時計を横にずらして、地下への階段を降りる。その先は彼女の生活圏兼研究所だった。
 広さは一階の半分くらいだった。魔法の研究をするための机や資料や訳の分からないものが入っている壺が所狭しと並んでいる。そしてこの部屋には四つの扉がついていた。
 寝室へ続く扉、台所へ続く扉。あとは浴室と便所だった。長い時間ここに籠もったまんまでも大丈夫なように作られている。
 あたいが地下へ行くと<誰でもない>は台所で何かを作っているところだった。
 おはよー。なに作ってんの?
 ケーキの生地を作っているところです。もうすぐ終わりますから。そうでした。今日は果実酒がありますよ。どうです?
 もちろんいただくよっ。
 あたいは朝っぱらからお酒を飲みながら<誰でもない>と会話することになった。

 魔法のほうはどう?
 あたいは研究の進み具合を聞いた。
 大体は出来上がっているのですが……あとは触媒が決まってないだけですね。
 どんな触媒が必要なのさ?
 逆さまな生き物。回る生き物。輝く生き物。この三種類の生き物です。
 ふ〜ん。やっぱり魔法が完成しないと館から出られないの?
 そうですね。でも理論さえ完成していれば出ることは出来ると思います。触媒が何か決まれば、その触媒が外にあっても出ることが出来るでしょう。
 ということは、魔法の理論は完成させて触媒を手に入れさせなければ万事オーケーなのかなぁ。あたいは心の中で呟いた。
 それからいろんな話をした。後にして思えばあたいも<誰でもない>も多少口が軽くなっていたようだった。それはおいしい果実酒の所為だったのだろう。
 私は母のお腹の中で魔法の勉強をしていたようです。
 <誰でもない>は語り始める。
 この館の魔法のせいで私は母のお腹の中に十年間もいました。私は生まれる前から父と母の会話を無意識のうちに聞いていたようです。そのおかげで私は小さい頃から魔法に詳しくなっていました。
 そして私が生まれて母が死に、父は魔法の完成を私に託すようになったようです。私は小さい頃から父に魔法のことを叩き込まれました。
 でも父は私を憎んでいました。父から母を奪ったのは私なのだから。普段は人間に対する闘争心で代価していたようですが、それもそう長くは続きませんでした。ある日私は殺されかけました。
 <誰でもない>はくいっとグラスを飲み干す。
 私は……私は母を殺したのでしょうか? もしそうだとして、どうすればこの罪は贖えるのでしょうか? 結局私は父に何もすることが出来なかった。私には父しかいなかったのに。私は父に抱きしめて欲しかっただけなのに……。
 そして彼女は静かに泣き崩れた。あたいはどうすることも出来なかった。掛けてあげる言葉が一つも浮かばなかった。そっとハンカチを渡し、泣きやむのを待った。
 彼女に名前らしい名前がない理由が分かったような気がした。


(次回「ある告白に関する物語」へ続く……)




指針NO.

E01:鳥と関わる。
E02:<誰でもない>と関わる。
E03:ルアと関わる。
E04:クラヤミと関わる。
E05:館と関わる。
E99:その他のことをする。





Posted by hastur at 12:10 P | from category: リアクション | TrackBacks
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