January 20, 2005

奇妙な果実


 雨の日は羽が水分を吸ってしまって、飛ぶのが億劫になってしまう。
 彼は日課の調査活動をほとんど諦めかけていた。普段ならば考古学者の名前をぶら下げ、失われた文明に挑んでいるところだ。
 飛ばない日の行動。ナンパに勤しむ、あるいはゲームに勤しむ。それはきっぱりと二択であった。鼠色の空に向け大きめのこうもり傘をかかげ、彼は前者の選択肢をチョイスした。
 機械化されたゴミゴミとした街。この街の中心地には未舗装の道は皆無だ。雨水を逃すための傾斜は完璧とは言えず、所々に水溜まりを作っている。
 新し目のシューズを汚さないよう、それを避けながら美女を探す。結構器用な事をする男である。そして、三つ四つと水溜まりを避け、反対側の歩道へ移ろうとした時、彼の眼には奇妙なものが映った。
 横断歩道の真ん中に、イチゴが一つだけ落ちているのだ。白と黒のゼブラゾーンに、鮮やかな赤。それは白をより白く、黒をより黒く見せていた。そして、濡れたアスファルトにシグナルの青が映し出されると、彼は吸い込まれるように果実の元へと移動した。
 つまみ上げるとそれは、何の変哲もないオランダイチゴだった。ばら科の多年生植物。当然彼にとっては只の「いつも食べてるイチゴ」としか認識できていないが。
 車に轢かれるのはゴメンなので、取り敢えず車道を渡り終える。
 果たしてそこには、パンをイチゴに置き換えたヘンゼルにしてグレーテルがいた。イチゴで一杯の篭を抱えた少女が、パン屋の軒下で雨宿りをしているのだった。恨めしそうに鈍い色の空を睨んでいる。
 彼は彼女の後ろにたたんだ翼を認めると声をかける事に決めた。大きいこうもり傘は、この時にこそ威力を発揮する。
「落としましたよ。」
「そう、あげるわよ。食べたら?」
 近付いてみると、小柄ではあるが少女というほど幼くはない事に気付く。髪はボブで、黒髪かと思われたが光の加減によっては碧っぽく見える。
「汚れてるから、それはちょっと……。」
「雨で洗えばいいわ。」
 彼女はくすくすと言う。彼は苦笑するしかなかった。
 そして彼はこの初会になぜか大昔のロックバンド、ビートルズを連想していた。多分、『Strawberry Fields Forever』と『ABBEY LOAD』のジャケットがダブって出てきたのだろう。




00:05:28 | hastur | comments(0) | TrackBacks