August 30, 2007

第7回リアクション D1 S−3


 S−3 不安

 翌日、一行は相変わらず当ても無く彷徨っていた。
「ねぇ、どこに向かってるのさ?」
 歩きつかれて、クロエが不満を漏らす。
「別に、俺に付いて来いなんて言ってないぞ?」
 ラウダンクルクスはこんな状況でも普段通りのようだ。
 一行は森に差し掛かった。その時。
「珍しいお客さんだね。」
 どこからとも無く声が聞こえた。
「誰ですか?」
 ショウが辺りを見回すが、見えるのは木々ばかり。
「『森』の精霊だ。あんた達、人間だろ?」
「私は精霊だけどね。」
 ティアが言い返す。クロエの契約精霊、ミルウスも一鳴きした。
「ま、いいさ。こんな所に人間がなんのようだ?」
「ルゥルゥたちは虹の精霊さんたちが残した、扉を使ってきたの。で、精霊界の王様に会いたいんだけど。」
「王様……? ああ、それなら『淵』にいるよ。今もそこにいるかは知らないがね。」
(『淵』ってどこだ?)
(不親切な精霊ですわね。)
 クロエとフォルティアが小言でそんな事を言い合っている。
「それより……あんた達が入り込んだおかげで、バランスが狂い始めてるよ。わたしには関係ないことだが……あんたたちの世界に『怪物』が出て行こうとしてるよ。」
「すみません。『怪物』って?」
 ショウが尋ねる。怪異のようなものか?
「なんだ、そんな事も……ま、いいか。人間界と精霊界は天秤の両皿のようなもんだ。そのバランスが崩れると、『軸』がぶれる。『怪物』ってのはそのぶれ、振動を利用して現れる物どもだ。」
 一通り『森』の精霊から話を聞き終えると、ラウダンクルクスは徐に口を開いた。
「俺とポリュディクスは暫くこの辺りに留まる。後は君らの好きにやるように。」





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August 29, 2007

第7回リアクション D1 S−2


 S−2 水の中のナイフ

 キラキラと光る小さな扉。その元へ一行は再び集結していた。ラウダンクルクス・ケレスとポリュディクスによると、これは精霊界の扉というものらしい。
「なんだ、全員行くのか?」
 ラウダンクルクスが集まった面々を見回す。
「ええ、虎穴入らずんば虎子を得ずといいますし。」
 答えたのは《アルカディアにもいるもの》のショウ・服部。
「どこの諺やら……。」
 悪態をつきつつ、《契約者》のクロエ・アトラ。
 その他に、ルゥ・ルゥとティア、《アルカディアにもいるもの》のフォルティア・マイアも同行の意を表している。
「では……そろそろ行くか。」
 ラウダンクルクスは輝くドアに手をかけた。

 一行が扉を潜り抜けた先は、然程今までと大差の見られない光景だった。青い空があり、大地があり、緑が覆い茂っている。しかし、全員が扉を抜けたその時、扉は夢幻のように消えてしまった。
「……これで後戻りできない、か。」
 ラウダンクルクスが冷淡に言い放つ。
「お約束だよねぇ〜。」
 お気楽な感想を述べるのはルゥ。
「早く、精霊の王様っていうのに会いに行こうよう。」
 ルゥたちの目的は、王様に歌を献上する事らしい。
 一行は取り合えず歩を進めた。太陽の位置からすると、北に向かっているようだ。

 暫く行くと、目の前に綺麗な湖が姿を現した。
「ここで、一休みとしませんか?」
 あての無い散策に疲労がたまってきたのを感じ取り、ポリュディクスがラウダンクルクスに提案した。
「……そうだな。」
 一行はその場に腰を下ろし、湖の水で喉を潤したりした。
「あら? これは……。」
 ポリュディクスが何かに気付いたようだ。
「どうしたの?」
 覗き込むルゥ。
「この湖、『鏡』と繋がってるかもしれません。」
「鏡?」
「学院に別世界と音や風景を交信することが出来る魔法の鏡があるんです。この湖、その鏡に繋がってるみたいです。」
「どう使うんです?」
 今度はショウが湖を覗き込む。
「どいてみろ。」
 それまで、なんとなくこちら側を窺っていたラウダンクルクスが他の者を制する。
「まさか、これを使う機会があるとはな……。」
 自嘲気味に笑った後、速唱するラウダンクルクス。
 暫くすると、湖面に一部の者にとって見慣れた部屋が映し出される。
「これは……ペンタのプレイルーム?」
「あんなところに鏡なんてあったかしら?」
 クロエとフォルディアが声を漏らす。
「……クルクス、どうしたのですか? それに、ルゥも。」
 湖面の向こうからはシーラ・モラリスの姿が見えた。
「ルゥルゥは精霊界に来てるの。」
 師匠の姿を認め、嬉しそうに言葉を交わすルゥ。
「そういう訳で、当分そちらには帰れないかもしれない。」
「そんな……。」
 シーラは少なからず動揺しているようだ。
「何かあったら、この鏡を使って連絡する。……そちらは何か変わったことは?」
「そうね……選挙の公示が間近ですし、色々起きるでしょう。あと、中庭の花壇が荒らされてましたが……。」
「なんですって!」
 それまで静かに聞いていたフォルティアが、急に反応する。
「は、早く帰って花壇を綺麗にしなきゃ。」
「落ち着けって。」
 クロエがフォルティアを押さえつける。
「……ま、そんなところで、一旦切るぞ。」
 こうして、学院との通信は途切れた。

「一応、さっきの魔法は教えておく。勝手に好きな時に使うんだな。」
 ラウダンクルクスは先程の通信魔法をショウ達に教え込んだ。そして、陽も傾いてきたということで、今日のところはここで野宿する事となった。





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August 28, 2007

第7回リアクション D1 S−1


異邦人 (Lo Straniero)





 S−1 アリスのレストラン

 月曜の夕刻。場所は寄宿舎一階の食堂。ルゥ・ルゥと契約精霊のティアは足取りも軽くこの場へやって来た。
 先週、見事な登頂を成し遂げた彼女たちは、目標を見失いつつあった。そこで今日は、他の登山家たちを応援しようと考えてきたのだ。……応援の仕方はルゥらしいものではあるが。
 しかし、生憎と今は登頂に挑んでいる者は見当たらない。
「せっかく応援してあげようと思ったのにね。」
 獲物、いや、挑戦者がいない事に不満を漏らすティア。
「じゃあ、調理している人を応援しよう?」
 ルゥはターゲット変更を提案した。そして、厨房へと足を向ける。

 厨房では『陽』の契約精霊、アリシアが鍋を振っていた。
「あ、アリシアだ。いつもご苦労様っ。応援に来たよ〜。」
 間髪入れず歌を歌う体勢に入るルゥとティア。
「せ〜の……。」
 しかし、その歌声は響くことはなかった。
スーパー・ウルトラ・グレイト・デリシャス・ワンダフル・ボンバーーーァァァッッッ!!  テリオス(おまけ)
 歌い出す前にアリシアが必殺技を繰り出す。スローモーションのように宙を舞うルゥ。その様子を目で追うティア。ティアにはその背景に見開き2ページの銀河の絵が見えたような気がした。
「アリシアには一度見た技は通用しないのよ。」
 アリシアはズシャァと崩れ落ちるルゥを見る事無く静かに背を向け、そんな言葉を漏らす。
「ルゥ、大丈夫?」
「きょ、曲は毎回変えてるのに……(ガクッ)」
 ティアが、ルゥの胸に手を当て、鼓動を確認する。そして、首を横に振った。
 結局それが、ルゥ・ルゥの最期の言葉となった……。

「って、勝手に殺さないでよ。」
 生き返るルゥ。
「どうしていきなり殴りかかるのよぉ。」
「わたし、残酷ですわよ。」(バァァーン)
 意味不明な台詞と決めポーズでかわすアリシア。
「と・に・か・く。あんたたちの歌は凶器と一緒なんだから、無闇矢鱈と歌わない事ね。」
 そう凄まれて、ルゥとティアは厨房から追い出されてしまった。



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August 22, 2007

第6回リアクション E2 S−2


 S−2 燃え尽きた地図

 結果。
 ルゥとティアは300mmの冷麺を完登。
 クロノスは鍋アイス、イカスミ氷の八合目で遭難。
 ファブレオは鍋スパの五合目で遭難。
 レビィはそれに伴い、鍋スパの六合目で下山。
 それぞれ一息つき、場は「登頂」に関する雑談で盛り上がっていた。
「う〜〜、まだ気分悪い……。」
 ファブレオは未だ回復してないようだ。自分で『癒し』をかければいいのにと、その場にいる誰もが思ったが。
 そんなファブレオにアリシアが声をかける。
「まぁ、これにくじけずまた挑戦すれば? 『人生、崖あり谷あり』(*13)っていうじゃない。気持ちを360度切り替えて(*14)頑張りなさいな。」
 一つも慰めになっていない。
「そうだ。募集してた新メニュー、誰か考えてきてくれた?」
 アリシアが別の話を振る。
「それなら自分が。『こだわり卵のたっぷり菜ミモザサラダとんかつ』というのを考えてきましたが。」
 クロノスが発表する。長い名前の割りに、どんな料理なのか想像が付きにくいので補足説明を促される。
「これはボールにレタス、キャベツ、卵、タルタルソース、ゴマドレッシングを盛り、その上にとんかつとキャベツを乗せた物です。量、質共に『登頂』用メニューに相応しいと思いますが。」
「なかなか良さそうね。じゃ、基本レシピにないけどメニューに追加しとくわね。」
 アリシアにも好評のようだ。しかし、ルゥはその台詞に聞きなれない単語があるのを見逃さなかった。
「『基本レシピ』って?」
 その質問に、呆れるアリシア。
「そんな事も知らなかったの?」
「『基本レシピ』とは、『登頂』が始まった頃に編纂されたレシピ群のことじゃ。全部で20種ある。そこには基本的な材料と調理法などしか書かれておらんでな。調味料をアレンジして加えることによって別の料理が出来上がるようになっておるのじゃ。」(*15)
 代わって説明するテオフラスト。
「20種のレシピ……それって48の殺人技(*16)みたいなもの?」
 ティアがボケるが、さくっと流される。
「ついでに聞くが……『登頂』ってのはいつ頃からあるんだ? 歴史について教えて欲しいが。」
 便乗してレビィが尋ねる。
「儂ら、第一世代と呼ばれる者が学生の頃からかの……。じゃが、次第に過激化していって、その後は廃れる一方じゃった。最近はアリシアのお陰で盛り返してきとるがの。」
「そうそう。テオ、レシピが見つからないのがあるのよ。」
 さも困ったようにアリシア。
「四冊ほど、いっくら探しても見つからないの。7番目と14番目。あと、18番目と20番目が。」
「20番目もか!? それは困った事になったな……。」
 フィーダが声を荒げる。
「そんなに大事なものなの?」
 ルゥが興味津々といった感じで先を促す。
「20番目のレシピは『至高のレシピ』と言われておっての……。」
「何言ってんだ。『究極のレシピ』だろ?」
「『至高』じゃ!!」
「『究極』だ!!」(*17)
 またもいがみ合い始めるテオフラストとフィーダ。
 そんな喧騒をよそに、ルゥはそのレシピがどんなものなのか知りたい気持ちがわいてきていた。




(用語解説)
*13 落ちてばっかりかよ……。本当は「人生、山あり谷あり」。
*14 嘉門達夫「ガッツ石松伝説」より。実話らしい。
*15 ゲームソフト「幻想水滸伝?」および「?」より。
*16 ゆでたまご「キン肉マン」より。プリンス・カメハメがキン肉マンに授けた殺人技の一群。
*17 この辺も「美味しんぼ」より。「至高」だろうが「究極」だろうが、どっちでもいいじゃん…。





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August 21, 2007

第6回リアクション E2 S−1


グレートレース (The Great Race)




 記録、それはいつも儚い。

 一つの記録は、一瞬ののちに破られる運命を、自らもっている。

 それでも、人は記録に挑む。

 限りない夢とロマンを求めて……。


 次の記録を作るのはあなたかもしれない……。(*1)


 S−1 絶唱

 この日の食堂には、下界へ旅立とうとする者が二人顔を出していた。一人は《アルカディアにもいるもの》のレビィ・ジェイクール。もう一人は《鎚と環》のクロノス・サイクラノスだ。二人とも、心残りを作らないよう、この場に現れたようだ。
「ファブレオ、最後の決着だ。」
 レビィは相弟子のファブレオ・アントニオを引きずるように連れてきている。
「決着って……?」
 ファブレオの方は、困惑している模様。
「俺たちは、こういう形でしか友情を確かめ合う事が出来ないんだ!」
 何やら青春ドラマになりつつある。
「じゃ、こんなところでどうだ? 定番の『鍋スパ』だ。」
 いつの間にやら、鍋が二つ運ばれてきている。そして、運んできた男は見たことも無い男だ。トレードマークは灰色のローブ。
「あんたは一体……?」
「ま、ただのお祭り好きなおじさんと思ってくれ。さ、双方とも食った食った。」
 かなり無責任に煽り立てる。
 その時、食堂の扉が勢いよく開かれ、一人の男が入ってきた。
「何でも食べ物で解決すると思ったら、大間違いだぞ! フィーダ!(*2)」
 《アルカディアにもいるもの》のテオフラスト・パラケルスス副学部長だ。
「出たな、クソオヤジ……。」
 フィーダと呼ばれた男は、苦々しくテオフラストを見つめ返す。
「何しにやってきたんだよ?」
「おぬしを笑いに来た。そう言えばおぬしの気が済むのじゃろう?(*3)」
「ふざけやがって……。」
 フィーダは呆れたように首を振った。
「あの……。」
「なんだ?」「なんじゃ?」
「俺たち、食べ始めても良いのか?」
 展開においていかれたレビィが、二人に確認を取った。

「ファブレオ、魔法無しのガチンコ勝負だ。早く食べ尽くすか、相手がギブアップするまで。いいな?」
「あのなぁ……。」
 ファブレオは、あんまり乗り気ではないようだ。
「どうしてそうまでして、こんなメニューを食べなきゃいけないんだ?」
 「登頂」実力者のファブレオらしからぬ疑問。レビィは僅かに異質なものを感じ取ったが、その疑問に逐一答えていった。
「ファブレオには『命令』が来てないのか?」
「だから何なんだよそれ……魔術の話か?」
「俺が食堂に来たとき、一つの『命令』がきたぞ……。 ”この『メニュー』を食い尽くせ”だ!(*4)」
 『命令』……?
 その真意が読み取れず、会話を聞き入っていたフィーダとテオフラストも、得体の知れぬ物に取り付かれたかのような感覚を覚えていた。
「訳が分からんが……仕方ない。もうこうなったらヤケクソだ。」
 ようやく、ファブレオも勝負を受けて立つ体勢になった。

 一方、クロノスの方は、自作の人形レアを連れて、イカスミ氷と鍋アイスを一人前ずつ注文した。
「え〜こんなに一人で食べるつもり?」
 料理を持ってきた“夕陽の料理人”アリシアが、感嘆の声を上げる。
「いえ、『二人』で食べますよ。」
「……人形に食べさせる気?」
「頑張っていただきます♪」
 レアが可愛らしい声で答える。ま、言わせてるのはクロノスなのだが。
「は〜、もう見てらんないって感じっ! これだからド素人は……。」
 アリシアは呆れ帰ってその場から去っていった。相変わらずの毒舌だ。
 その台詞を黙殺するクロノス。かなり厭味や口撃に対する耐性がついたようだ。そして食べ始めようという時に、邪魔が入った。
「あ、クロ兵衛とレアちゃんだ。アベック登頂するの?」
 入って来たのは《契約者》ルゥ・ルゥとその契約精霊、ティアだ。
「ええ。あなたたちも?」
「ルゥルゥたちは、標高300mmの冷麺に挑戦するのよ! 今回は色々用意してきたんだから。」
 気合が入るルゥ。威圧とも、気迫とも取れそうな雰囲気をまとう。擬音で表すならば
「ゴゴゴゴ……」(*5)
 だ。
「け、健闘を祈りますよ。」
 気圧されるクロノス。
「へぇ〜、鍋アイス食べるんだ。それ、かき込むように早く食べた方が良いよ。」
 机の上に並んだ料理を見て、ティアが助言する。
「そうなんですか?」
 クロノスがこの二つを選んだのには一応理由があったのだが、それは融けてからの話だった。
「ティアは登頂経験者なんだから! 経験者の言う事は信じた方が良いよ。『信じる者はわらをも掴む』(*6)って言うじゃない。あれ? 『信じる者は足元をすくわれる』(*7)だったっけ?」
 ……あまり信用しない方がいいらしい。

 さて、ルゥとティアの方も登山を開始した。目の前にそびえるのは標高300mmの冷麺。様々な具が乗っかっているが、中でもマンゴーがアクセントとなっている。
 いつもの如く、ズルズルバクバクとものすごい勢いで食べていく。また、限界が着たらビバークするつもりなのだろう。そして、その機会は直ぐにやって来た。
「ふぅ……苦しくなってきたね……。ティア、あれ行くよ?」
「オーケー♪」
 二人はおもむろに立ち上がり、大きく息を吸った。
「いっくぞ登るぞ伝説に〜〜!! 挑戦するぞ伝説にぃ〜〜!! そして伝説へぇ〜〜(それは三作目〜〜♪)(*8)
 大音響で騒音を撒き散らす二人。しかも、不思議な踊り付き。食堂の方々から悲鳴が上がる。MPを吸い取られたのか。(*9)
 始末の悪い事に、当の本人たちは歌と踊りに夢中でこの状況に気付いていない。正に、無自覚かつ無差別な暴力と言えよう。

 被害者たちの様子を窺ってみよう。
 ファブレオは手で耳を塞いで苦悶の表情を浮かべている。
「何だあれは……今、一瞬、今は亡き両親の姿が見えたぞ。」
 かなりやばい所まで旅してしまったようだ。対面のレビィは手馴れた感じで耳栓をはめている。
「まぁ、怪異に闇討ちされたとでも思って諦めるんだな。」
 テオフラストとフィーダも、多少ダメージを喰らったようだ。
「シーラも、大変なもんを飼っとるのぉ……。」
「あんたの方がもっと変なものを飼ってると思うが、な。」
 クロノスの状況はかなり深刻だった。眼鏡はずれ落ち、身体は痙攣を続けている。イカスミ氷をたらふく食っていたので、身体は冷え切っている。そこにこの怪音波だ。流石にこたえたようだ。他の《アルカディアにもいるもの》の術者たちは咄嗟に聴覚をブロックすると言う防御法があったが、《鎚と環》のクロノスにはその術は持ち合わせていなかった。
 意識が遠のいていっているのか、机に突っ伏して意味不明な言葉を漏らす。
「……パトラッシュ……僕もう、眠くなっちゃったよ……。(*10)」
 パトラッシュって誰?
「寝るなーーー! 寝たら死ぬわよ!」
 アリシアの往復ビンタ。こうして何とかクロノスは生還した。
 さて、そのクロノス組の進捗状態だが、かなり順調だ。二つのメニューを交互に攻略していっているが、レアがペースを全く崩す事無く食べ進めている。まぁ、人形なので当たり前の事なのだが。

 レビィ対ファブレオの決闘は、早くも終わりを見せようとしていた。半分も料理が減らないうちに、ファブレオが限界に近づきつつあるのだ。この展開には立会人の(いつの間に?)テオフラストも落胆の表情を浮かべている。
「らしくないな? もう終わりか?」
 余裕、とまではいかないが、レビィはまだまだいけそうな感じだ。
「無理せず、ギブアップしたらどうだ?」
 フィーダが、何やら楽しそうに茶々を入れる。
「うぷ……じゃ、ギ……。」
 その時。天災は忘れた頃にやってくる。

「ビバークビバークッ ビバ!ビバ!ビバークゥ〜♪ 逃避じゃないよっ ビバークだぁ〜〜!!(*11)
 ルゥとティアが破壊力抜群な歌を歌い上げる。音は外れまくり、音量は公害レベル。砂で出来た超人が崩れ落ちるかもしれない(*12)。本人たちは気持ちよさそうだ。正に、無自覚かつ無差別(以下略)。
 二人は「登頂」にも慣れてきたのか、歌いながら食べるのが意外にも効果的なのか、冷麺を快調に食べ切っていく。今までのアイス系のメニューと比べれば、組みやすいというのもあるのだろう。
 そして、小一時間も経った頃。
「あれ? 無くなっちゃった。」
 頂に達していた。これには本人たちも拍子抜けだ。
「なんだぁ〜あと一曲、用意してたのに。」
 そして、クロノスの席を観察しに行く。
 クロノスは苦痛に耐えているといった表情だ。実はクロノスは、レアの苦痛を自分にリンクさせているのだった。当然、本人の胃も悲鳴を上げている。単純に考えて二倍の苦痛。なかなか、自虐的な仕様だ。
「クロ兵衛、大丈夫? あっ、なんなら、ルゥルゥたちが歌で応援してあげようか?」
「そ、それだけは勘弁……。」
 本当は声を出すのもつらい所だが、それでもクロノスは断りを入れた。
「遠慮しなくてもいいのに……。あれ? よく考えたら……。」
 ティアが何かに気付いたようだ。
「レアちゃんって、人形でしょ? じゃ、いくらでも身体の中に食べ物を入れられるってことじゃない? ずっる〜い。」
 非難の声を上げるティア。しかし、クロノスはこの辺まで想定していたようだ。
「じゃ、自分で食べますよ。レアの食べたものを取り出して。」
 慌てず騒がず、返答する。そして、レアの服を脱がせ始めた。
 ちょっと異様な光景で、普通の人間なら目をそむける所だろう。だが、ルゥとティアは好奇の目でそれを眺め続けた。
「へぇ〜服の中もよく出来てるのね。」
 暫くすると、レアの中から袋が姿を現した。中身は今まで食べてきたイカスミ氷と鍋アイスの融けたものだ。……覗き込むと、それはイカスミの黒と、アイスの白が混ざり合い、サイケデリックな液体となっていた。汚泥を連想させる。
「……これ、クロ兵衛が飲むの?」
「…………。」
 今度は返答に困ったようだ。



(用語解説)
 今回は登山用語ではなく、元ネタについて色々と注釈を。
*1 日テレ「びっくり日本新記録」より。知ってる人はかなり(自主規制)。
*2 雁屋哲原作「美味しんぼ」より。海原雄山の台詞。なんでも強引に食べ物で解決させてしまう本作を否定するかのような言葉。
*3 TVアニメ「機動戦士Zガンダム」より。アムロ・レイに対しクワトロ・バジーナ(シャア・アズナブル)が放った言葉。
*4 岩明均「寄生獣」より。田村玲子の台詞。
*5 荒木比呂彦の一連の作品でよく見られる擬音。
*6 正解は「信じる者は救われる」。「溺れる者はわらをも掴む」と混ざったらしい。
*7 正解は(以下略)。こんな諺は嫌だ……。
*8 ゲームソフト「ドラゴンクエスト?」のサブタイトルは「そして伝説へ…」。
*9 ゲームソフト「ドラゴンクエスト」シリーズより。モンスターに「不思議な踊り」を踊られるとMPを吸われてしまう。ちなみに、コリアエにMPという概念は無い。念の為。
*10 TVアニメ「フランダースの犬」より。主人公ネロの最期の言葉。
*11 マスターがよく使ういい訳(?)
*12 ゆでたまご「キン肉マン」より。正義超人ジェロニモは「アパッチの雄叫び」という必殺技で悪魔超人サンシャインを倒した。この技、ただ単に「うららららぁ〜!」と叫ぶだけと言う、とんでもなく単純なもの。





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