February 26, 2007

第3回リアクション E4 S−3


 S−3 白い巨塔

 結局その日は、登頂者は現れなかった。
 リクトは7合目まで来ていたが限界に達しており、ルゥとティアは4合目の地点で「ちょっと長めのビバークを取るよ」と言い、皿をアリシアに預けた。3日後に登頂を成し遂げたが、達成感よりも疲労感の方が色濃く表れていた。
 白い巨塔は、偉大で高貴なものだったと、レビィは感想を述べた。

「ね、新メニューが出来たの!」
 アリシアは嬉しそうにルゥに話しかける。
「え? また新たな挑戦!?」
 そして姿を見せたのは……。
 大き目の鍋に一杯の、アイスだった。
「名づけて『鍋アイス』! 牛乳2l使用してるのよ。」
 よく見ると、ミルクバナナフラッペと同じく、沢山のフルーツ類が埋まっているのが分かる。
 ルゥはその圧倒的なメニューに、しばし言葉を失った。




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February 14, 2007

第3回リアクション E4 S−2


 S−2 特攻大作戦

 さて、ミルクバナナフラッペの三人の方はと言えば、ほぼ同時に入山した。
 スプーンという名のピッケル(*3)を、氷壁に叩き込む。
 リクトは慎重にその歩を進めている。「あれ」が怖いという事であろう。
 一方、ルゥとティアはガシガシと駆け上る感じだ。
「そんなペースで登っていったら……。」
 リクトが二人の身を案じる。
 そして、ルゥとティアに「あれ」が来た。そう、氷を一気に食べると来る、「あれ」である。
 キーーーンと頭が痛くなる。
 否、ギンギンッ、だった。
「痛い、痛い、頭が痛いよぉ……。」
 ルゥとティアは一種の高山病に悩まされ、早速ビバーク(*4)に入った。

 リクトはその後もペースを守りながら登り続ける。少し頭が痛くなったが、大したことはなかった。
 リクトが慎重になっているのは高山病の事だけではなかった。所謂、雪崩(*5)にも気を配っているのだ。
 皿から零れ落ちる食べ物というのは、至極もったいない。そういう思想の元の行動であろう。そういう意味ではリクトはアルピニスト(*6)と呼べた。
 そんな彼でも、その歩を緩める場面に遭遇した。二合目辺りに差し掛かった頃だ。
 ガキッとスプーンの先に何か硬い物が触れた。よくよく見てみると、それはカチカチに凍ったバナナだった。胃の方にはまだ幾分余裕のあったリクトだったが、既に舌の方は感覚を無くしつつあった。ここに来て、この硬いバナナは厳しいものがあった。それは釘でも打てそうなほど、硬くなったバナナであった。
 少し思案したリクトはトラバース(*7)を選択した。

 体調の回復したルゥとティアは、再び登攀を開始した。
 しかし、先ほどと同じく一気に駆け上がり、またビバークするという循環を繰り返している。これでは就寝時間までに5合目までにも到達できないであろう。
 ルゥの方は、最初から一日で上りきろうなどとは考えていないようだ。



(用語解説)
*3 ピッケル……氷雪地帯を登攀するためのつるはし。つるはしでは情けないので「岳人の魂」という。滑落停止、足場切り、確保支点などに使う。
*4 ビバーク……野宿、露営。一般に、トラブルに遭って予期せぬ野宿をすること=【フォースト・ビバーク】をいう。緊急露営。あらかじめ予定していたビバークは【フォーカスト・ビバーク】Forecast biwak{G}という。
*5 雪崩……傾斜地に積もった雪が大量に崩れ落ちること。もともとは越後の方言で、冬に起こるもの(表層雪崩)を【ほうら】、春に起こるもの(全層雪崩)を【なだれ】という。
*6 アルピニスト……登山家。山登りに対して哲学をもった登山家といった意味で使われる。
*7 トラバース……横断。縦走路にある山などを、その頂上へ行かずに山腹を横ぎること。斜登降。そのルートを【巻き道】という。traverse[横切る]。語源になるラテン語のtransversusは[斜めの]。





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February 02, 2007

第3回リアクション E4 S−1


冒険者たち (Les Aventuriers)



 食事とは、定期的にやってくる空腹と言う名の呪いを、一時的に解除する儀式である。
 しかし、それ以上の意味を持たせようとする者の、なんと多い事か。ある者は美味を求め、ある者は団欒を欲する。
 ここにも、別の意味を持たせようとする者たちがいる。一人は少女、一人は青年。そして、もう一人は契約精霊。それを観戦する者さえ存在した。
 彼らが手にせんとする物は、達成感か、優越感か。冒険者たちの挑戦が始まる。


 S−1 ある戦慄

 週の半ばの食堂では、ちょっとした異変が起きていた。
 あのミルクバナナフラッペに挑戦するという者が三人も現れたからである。
「ざわっ……ざわっ……」
 ざわめく食堂内。たまたまその場に居合わせた《アルカディアにもいるもの》のレビィ・ジェイクールは、夕食に普通サイズの鍋スパを頼み、事の経緯を見守る事にした。ちなみに鍋スパとはその名の通り、鍋に盛り付けられたスパゲッティーだ。
「あれに挑戦するのか……。これは見ものだな。」
 注文を受けたのは厨房係のアリシア。彼女は《契約者》ジータ・モラリスの契約精霊であり、夕食の厨房係を買って出る事が多い。しかし、彼女はデザート専門で、所謂パティシエだ。夕食時にしかその場に現れない事から“夕陽の料理人”という通り名が付いている。これは、アリシアが『陽』の精霊である事もかけているらしい。
「はいっ、お待ちどうさま。」
 テーブルの上に三つのミルクバナナフラッペが並ぶ。その様は、正に巨峰群(*1)といった趣だ。
 挑戦者の一人は、《怪異学派》のリクト・マイウェル。
「根性で登りきってみせる!」
 と、鼻息荒い。彼自身、料理の腕前もかなりのもので、今後、同様のメニューを自ら作る時の為の参考とするつもりなのかもしれない。
 二人目は、《契約者》のルゥ・ルゥ。
「このメニューはルゥ・ルゥたちへの挑戦ね!」
 眼前にそびえ立つ雪山を、物怖じせず凝視するルゥ。
 三人目は、そのルゥの契約精霊のティアだった。
「……ね、アリシア。これ、高すぎない?」
 同じ『陽』の精霊同士という事で、少しは面識があるのかも知れない。ティアはアリシアに疑問を投げかけてみる。
「いつもどおり、標高300mmよ。さ、美味しいからどんどん食べてねっ。」
 しかし、アリシアはそんなことはお構いなしに、そう明るく言い放つ。
 そして、三人の前に、魔法の砂時計を置いた。
「登頂したら、ちゃんと記録を残してあげるからね。」

 一方、その様子を窺いながら、レビィは鍋スパを順調に登り続けていた。
 ミルクバナナフラッペが雪山ならば、鍋スパは活火山と呼べよう。その熱さは多くの登山者の舌を焼きただれさせた。レビィは、流石に14年も弟子を勉めているだけあって、その攻略も見事なものだった。大き目の取り皿を用意し、冷ましながら着々と胃に運んでいく。
「ね、ね、レビィ、聞いてよ。」
 いつの間にか横に来ていたアリシアが、レビィに話しかける。
「昨日、寄宿舎の食堂行ったの。食堂。
そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで座れないの。
で、よく見たらなんか垂れ幕下がってて、アタック(*2)隊募集、とか書いてあるのよ。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
あなたたちね、アタック隊如きで普段来てない食堂に来てんじゃないわよ、ボケ。
アタック隊よ、アタック隊。
なんか兄弟連れとかもいるし。兄弟4人で登頂? おめでたいわね。
よーし兄さん鍋スパ頼んじゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
あなたたちね、コモンカードあげるからその席空けろと。
登頂ってのはね、もっと殺伐としてるべきなのよ。
テーブルの向かいに座った奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、
登るか遭難するか、そんな雰囲気がいいんじゃないの。女子供は、すっこんで。
で、やっと座れたかと思ったら、隣の人が、大盛鍋スパ5人で、とか言ってるの。
そこでまたぶち切れよ。
あのね、アタック隊なんてきょうび流行んないのよ。ボケ。
得意げな顔して何が、5人で、よ。
あなたは本当に鍋スパを登りたいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
あなた、鍋スパって言いたいだけちゃうんかと。
登頂通のあたしから言わせてもらえば今、登頂通の間での最新流行はやっぱり、
単独登頂、これよね。
大盛りミルクバナナフラッペ単独。これが通の頼み方。
ミルクバナナフラッペってのはバナナが多めに入ってる。そん代わり氷が少なめ。これ。
で、それに大盛り単独。これ最強。
しかしこれを頼むと次から厨房係にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まああなたたちド素人は、死神セットでも食ってなさいってことよ。」
 一気にまくし立てると、アリシアは厨房の中に消えていった。
 レビィがペースを崩した事を付記しておく。


(用語解説)
*1 巨峰群……8000m級の山が連なっている場所の事。特にヒマラヤを指す場合もある。
*2 アタック……ヒマラヤなどの遠征で、最終キャンプから頂上をめざして登ること。登りにくい山岳に挑戦すること。






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