March 17, 2006

第6回リアクション E3 S−2


 S−2 輪の支点

 館の中に入ったわたしは、何か別の時代へ迷い込んだ様な、妙な感覚がした。
 飛び込んだ先は、毛の長い絨毯だった。埃だらけの荒屋のような場所を予想していたので、これは意外だった。
 そこはホールのようだった。調度品は新品のように光沢があり、壁に掛けられた燭台の蝋燭で灯が保たれていた。
 向こう側の壁の中央には大きな柱時計が掛かっていた。でもそれは入り口からは見ることはできなかった。ホールの真中に二階へ通じる螺旋階段があったからだ。
 左右の壁にはそれぞれ二つずつ扉が付いていた。
 しばらくすると柱時計の左側の戸が開いた。そして二人の男女が姿を現した。
 わたしは直感的にそれがルアファート・ドーシルとジェイリーア・ノースウィンドだと思った。
 ルアフォートとジェイリーアですね!?
 わたしはホールの端から端まで届くような大声を上げて確認した。すると向こうは明らかに驚いた様子だった。
 どうして僕達の名前を? あなたは?
 あなた達の弟達に頼まれて、捜しに来たんです。わたしはラグナセカ・タイタヒルと言います。あ、ラグでいいですよ。
 さすがにこの距離だと話しづらいので、わたしはホールの反対側、柱時計のほうへ歩いた。
 近づいて分かったが、やはり二人は弟達と似ているところが多かった。ルアフォートは長身で金髪の目立つ青年だった。さっきまで一緒にいたセリアほどがっしりとした体つきではないが、顔立ちなどはよく似ている。
 ジェイリーアは鳶色の髪の女の子で、動きやすそうな服を着ていた。こちらはウォレンと似ていることろもあるが、それほど貴族っぽさがなかった。そして頭の上に小さな青い鳥を乗せていた。
 二人とも緑色の目をしていて、それが印象的だった。
 とりあえずさ、こっち来てケーキ食べなよ。
 ジェイリーアはそう言って奥へ案内した。私には訳が分からなかったが、とりあえず着いていった。
 戸をくぐるとそこは台所のようだった。竈や桶が並んでおり、調理台もある。部屋に入って右側にもう一つ扉があり、二人はそっちに入っていった。
 隣は食堂になっていた。長い食卓があり、いくつかの椅子が添えられていた。そしてテーブルの上にはウサギの形をしたスポンジケーキが置いてあった。
 ケーキの横にはカードが置いてあり、歓迎用のケーキです、と書いてあった。
 ほら、食いなよ。おじさんのだよ。
 ジェイリーアはそう言って促した。少しでも残したら、怒られそうな気配だった。
 わたしは恐る恐るケーキに手をつけた。そのケーキは素朴な味わいがし、中々美味しかった。そして父の作るケーキの味も同時に思い出していた。
 特に空腹と言うわけではなかったが、わたしはケーキ一つを平らげることが出来た。
 私がケーキを食べる間、わたしたちは軽く談笑をしていた。
 ラグさん、それリュートでしょ? もしかして吟遊詩人なの?
 まぁ、そんなところですよ、ルアフォート。
 あ、ルアでいいよ。
 はい、お茶だよ。あたいはジェイルでいいよ。
 分かりました。ルアとジェイルですね。
 あ、クラヤミも来たみたい。
 クラヤミ?
 ほら、そこの黒猫。クラヤミっていって、この館にずっといるんだって。
 ずっとって……この館が出来たの二百年以上前でしたよね?

 お茶が終わるとそれぞれの情報を整理することになった。彼らはまず、この館について話してくれた。
 この館はエルフの魔法研究所として建てられた。そして二人の男女のエルフと、一匹の猫が送り込まれた。
 館は研究に集中できるように魔法が掛けられていた。それは中にいるものの老いの速度を遅らせ、何人も館を壊せないような防御の魔法だった。そして避難所としても機能するように、命の危険に曝されているものだけは入れるようになっていた。
 ここで完成させようとしていたのは人間を滅ぼす魔法で、それが完成しないと外に出られないように魔法が掛けられている。
 最初に住んでいたエルフ達は子供をもうけた。しかし老いが遅くなる魔法のせいで、何年も妊娠期間が続いてしまい、それが元で女性のエルフは出産後に死んでしまう。
 男性のエルフのほうも、とある事情で死んでしまい、今ここにいるのは黒猫と残されたエルフの娘、そして青い鳥と私たちだけ…。
 残ったエルフの娘、<誰でもない>は両親の魔法の研究を引き継いで続けており、完成間近まで漕ぎ着けている。あとは触媒の決定だけらしい。

 わたしはこの話を聞いて、大きな衝撃を受けていた。エミル達の言っていたヴァンデミの知り合いというのは既に死んでいる<誰でもない>の親のことだろう。
 しかしヴァンデミといい<誰でもない>の親といい、どうしてこうエルフは人間の破滅を望むのだろうかと思えてきた。
 そして差し当たっての問題は館から出る方法だった。人間を滅ぼす魔法を完成させなければ出られない……極端に言い換えればわたしたちがこの館から出るためには人間を滅ぼさなければならないのだ。
 次にわたしは彼らに外の様子を教えた。クォリネはだいぶ復興が進んでいる事や、セリアがすぐ側で兄の帰りを待っている事、ウォレンも先々月までクォリネに来ていたことなどを話した。
 家族が自分たちのことを心配していることを知り、彼らは複雑な表情を浮かべていた。
 最後にわたしは館から出る方法を用意してここに来たわけではないことを白状した。そう、出る方法も知らず、のこのこと入ってきてしまったのだ。
 これからどうすべきか、わたしは考え込んでしまった。


(次回「ある過去に関する物語」へ続く……)




指針NO.

E05:館を出る方法を考える。
E06:館の中をもっと調べる。
E07:出ることを諦めて、ここで生活する。
E99:その他のことをする。





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March 07, 2006

第6回リアクション E3 S−1


 ある告白に関する物語・C


 わたしの歌のレパートリーにこういうのがある。
 昔なんでも盗むと豪語する怪盗がいた。
 ある日、その強盗はとても美しい人形を目にし、惚れ込んでしまった。夜になるまで待って忍び込み、盗賊は人形に、おまえの心を盗みに来た、と言った。
 それを聞いた人形はこう言い返した。
 無いものは盗めませんよ、と。


 S−1 解決の行き先

 わたしは今日もクォリネ観光協会の話し合いに顔を出していた。常々この村の力になりたいと思っていたし、どうやらこの手の問題が起きると放っておけない性分らしい、わたしは。
 今回の話し合いもまたまた平行線らしい。いわゆる打開案、というのが中々でないようで。
 珍獣の森をなんとか元に戻そう、という意見が出れば、どうやって元に戻す?と反論が出る。こういったことの繰り返しのようだった。
 そうこうしていると私が意見を述べる順番がやってきた。そしてわたしの意見はこうだった。
 無い物ねだりをしていてもしょうがない。今あるものをアピールするべきだろう。そこでここがどこよりも星が見えるというところを学者に限定せず、一般の人たちにも伝えていってはどうか。
 協会の方々はふんふんといった感じで先を促す。
 ここで星を見た子供が将来学者になる、と心に決めたなんて話、いいですよねぇ。
 わたしは感じを込めて、しみじみとそう語った。
 でもよ、そう言ったコピーとかを他の街や村に伝える方法は? 口伝では時間がかかりすぎるぞ。
 後ろから声がした。それは村長さんだった。
 でもまあ、方向性はそんなもんでいいか。後は宣伝あるのみだな。急に星が見えなくなる前にな。
 村長さんはそう言って、周りを笑わせた。どうやらわたしの案で観光事業は動くことになったらしい。
 話し合いも済み、わたしは小屋を出た。これから館に行く予定なのだ。
 何気なく見回すと村の入口の方に見かけない人がいるのに気づいた。その人は馬にまたがり、高価そうな服に身を包んでいたので、わたしは貴族ではないかと思った。
 近づいてみると相手は私と同じ位の歳の女性だと分かった。
 わたしはふと、このポケットの中にあるものが彼女なら何か分かるのではないかと思った。思い立ったらすぐ行動。わたしは貴婦人に近寄って話しかけた。
 こんにちは。わたし、ラグナセカ・タイタヒルと申します。クォリネの村人、という訳ではないですが、この最近からここでお世話になっている者です。 相手は馬から降り、軽く挨拶を返した。
 見た感じ貴族様のようですが……こんなところに何の御用でしょう?
 わたくし、エミル・キルライナと言います。ここに白い館という建物があると聞いてきたのですが。
 ええ、ありますよ。でもなんであんなところに……?
 わたしの問いに対し、彼女は簡単に事情を説明してくれた。

 最初はリュミエールで起きた地震。エルフの代表は王都に地震の調査を依頼した。そこで派遣されたのがエミル・キルライナ公爵率いる調査隊。
 ところがこの地震はただの地震ではなかった。震源地の集落に行くと惨殺されたエルフ達の死体と、奇妙な魔法陣が残されていた。
 しばらくするとまた地震と共に第二の魔法陣も出現。魔法陣について調べると、これは全部で四つあり、全てが完成すると、世界の破滅を招くと言うことが分かった。
 この魔法陣を造れる人物は二人しかいない。一人は隠居した老魔法使いイルキス。そしてもう一人が、二百年前の戦争を経験しており、なお若々しさを保っているリュミエールの実力者ヴァンデミ。当のヴァンデミのほうは姿を消している。
 イルキスから聞いた話によると、ここの白い館も戦争時に魔法の研究所として立てられたもので、中には当時のヴァンデミのことを知っている人物が残っているという。
 そこで何か手がかりを得られるかも知れないと言うことでここまでやってきた、ということらしい。
 わたしは以前聞いたリュミエールと地震の噂を思い出した。なるほど、こういう事情だったのですか。
 それでしたらわたしもこれから行くところだったので、ご一緒しますよ。あ、それと、これ、見覚えありませんか?
 わたしはローブのポケットから例の物を取り出しエミルの目の前に差し出した。
 それは金属板だった。表面には何かが刻まれているようだが……。
 これは?
 先々月、メイシャに行ったときに海岸で拾ったんですけどね、ひょっとしたら何か大事なものかも知れないし。貴族様なら何か分かるのではないかと思ったのですが
 じっと目を凝らして金属板の表面を見ると、何か文字が掘られていることが分かる。
 ここにフラニス王家の紋らしきものがありますね。あとこの文字は……ト……イ…ル? ちょっと読めませんわ。王都に持っていけば何か分かるかも知れないけど……。
 じゃ、それ、持っていてください。私には必要ないものですし。
 そう言ってわたしは金属板を手渡した。
 そこまで話が済んだところで後ろから一人の男が割って入った。
 キルライナさん、こんなとこにいたのか。
 あら、ディスマイルさん。なぜここに? 第三の魔法陣のところへ行っているはずでは?
 俺も白い館の方が気になってな
 この人、ファング・ディスマイルと言って、調査隊の一員らしい。歳は18位か。目的はエミルと一緒のようだ。

 わたしは村長さんの小屋に入り、娘さんとセリアと呼んできた。そしてエミルとファングに紹介した。
 こっちがここの村長の娘さんのマフラ、で、こっちが館に閉じ込められた一人の弟、セリアです。
 ところがエミル達は、閉じ込められた、という単語を聴き疑問の声を上げた。そう言えば館の説明をまだしていなかったので、わたしは順々に説明をしてあげた。
 説明を聞き、エミルとファングは予想以上の館の扉の硬さに驚いたようだった。しかしこちらもさきほどの話で、館が昔のエルフの研究所だったと言うことを知ったばかりだった。
 しばらく歩くと森の入り口付近に佇む、白い館が見えてきた。
 入り口は正面に添えられている、いかにも重そうな扉一つだけのようだった。ファングは試しにノブをつかみ、押したり引いたりしてみたが、びくともしなかった。
 一方娘さんは少し森に入ったところに隠してあった、籠のようなものを引き摺ってきていた。それは娘さんと同じ位の大きさで、布を被せてあった。
 セー君、ちょっと手伝って。ラグおじさんは扉の前に立っててね。
 わたしは素直にその指示に従った。
 籠を見ると一枚の紙切れが張られてあった。セリアはそれをはぐり、書かれている文を読み上げる。
 なんですか、これは? 『足りないと思ったので、足しておきました。 By いらんことし』
 意味が分からなかったが、娘さんは余り気にしていないようだった。籠の中を覗き見て、あれ?増えてる、と不思議がってはいたが。
 いよいよ準備が整ったようだった。
 じゃ、いくよ〜
 娘さんは籠の中のものをぶちまけた。
 それは……ナゾベームの大群だった! 中には見たこともない、鼻で飛ぶようなナゾベームの仲間が混ざっていた。
 それらはわたしの立っているところへ向かってきた。
 ぎょえーーー!
 わたしは断末魔を上げて飛び上がるように逃げ始めた。
 そして逃げる方向には館の扉があった。わたしは迷わず扉を開け館の中へ逃げ込んだ。……そう、扉は何の抵抗も見せず、すんなりと開いたのである。そしてわたしが館の中に入ると、また扉は固く閉ざされてしまった。





08:37:37 | hastur | comments(0) | TrackBacks