February 28, 2006

第6回リアクション E2 S−3


 S−3 借り物のケーキ皿

 それから数日が経って、あたい達は食堂で懐かしいものと対面した。それは例のウサギ型のケーキだった。あの時と同じようにカードも添えられてあり、歓迎用のケーキです、と書かれてあった。
 そう言えば先月、ケーキの生地をこしらえてたっけ。
 あたいは思い出したように、そう漏らした。
 と言うことは、誰かまたこの館に入ってきてるのかな?
 ルアがそう言ったところで入口のほうからどたばたと、大きな音がした。あたいらは顔を見合わせて、そっちのほうへ行ってみた。
 すると見慣れない男の人がホールの反対側、館の入口の扉の前に立っていた。なぜか数匹のナゾベームも入り込んでいるようだった。
 男の人は唾の広い帽子を被り、ローブを着て、リュートを背負っていた。
 しばらく眺め合っていると、向こうのほうから話し始めた。
 ルアフォートとジェイリーアですね!?
 相手はホールの端から端まで届くような大声を上げた。
 あたい達は少し驚いた。
 どうして僕達の名前を? あなたは?
 あなた達の弟達に頼まれて、捜しに来たんです。わたしはラグナセカ・タイタヒルと言います。あ、ラグでいいですよ。
 捜しに来た? あたい達がここに閉じ込められていることを知っている人がいたんだ。
 さすがにこの距離だと話しづらいのだろう、ラグはホールの反対側、柱時計のほうへ歩いた。その間、あたいはルアに耳打ちした。
 なあ、あの人のためのケーキなのかなぁ?
 多分……。
 そこまで話したところでラグは目の前まで来た。 とりあえずさ、こっち来てケーキ食べなよ。
 あたいは唐突にそう言って奥へ案内した。ラグには訳が分からないようだったが、とりあえず着いていった。

 台所を通り抜け、食堂に入った。ラグは文句も言わず着いてきていた。
 ほら、食いなよ。おじさんのだよ。
 あたいはそう言って促した。少しでも残したら、怒るつもりだった。
 ラグは恐る恐るケーキに手をつけた。
 ラグがケーキを食べる間、あたい達は軽く談笑をしていた。
 ラグさん、それリュートでしょ? もしかして吟遊詩人なの?
 まぁ、そんなところですよ、ルアフォート。
 あ、ルアでいいよ。
 はい、お茶だよ。あたいはジェイルでいいよ。
 分かりました。ルアとジェイルですね。
 あ、クラヤミも来たみたい。
 クラヤミ?
 ほら、そこの黒猫。クラヤミっていって、この館にずっといるんだって。
 ずっとって……この館が出来たの二百年以上前でしたよね?

 お茶が終わるとそれぞれの情報を整理することになった。あたいらははまず、この館について話した。
 次にラグはあたい達に外の様子を教えた。クォリネはだいぶ復興が進んでいる事や、セリアがすぐ側で兄の帰りを待っている事、ウォレンも先々月までクォリネに来ていたことなどを話した。
 家族が自分たちのことを心配していることを知り、あたいは複雑な気持ちだった。早くここから出たいという意志が少し強くなった。
 最後にラグは館から出る方法を用意してここに来たわけではないことを白状した。そう、出る方法も知らず、のこのこと入ってきてしまったのだ。


(次回「ある過去に関する物語」へ続く……)




指針NO.

E05:館を出る方法を考える。
E07:出ることを諦めて、ここで生活する。
E99:その他のことをする。




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February 25, 2006

第6回リアクション E2 S−2

 S−2 優しさの底辺

 あたい達は<誰でもない>を元気づけに行った。これはあたいもルアも気に掛けていたことだった。
 あたい達がホールまで降りると例の音楽が聞こえた。今日は気分転換にアコーディオンを弾いているようだった。もちろんいつものようにパイプをくわえたまま演奏しているのだろう。あたいはそこまで想像して、柱時計の裏の階段を降りていった。
 地下の部屋は紫煙で満ちていた。<誰でもない>はあたい達に気づくと音楽を徐々に緩めていって、そして音を止めた。
 こんにちは。今日は?
 うん、特に用事はないけど……お話でもしようと思って。
 じゃ、お茶でも入れましょうか。あぁ、お酒のほうがいいですか?
 ううん、お茶で。
 あたいはちょっと我慢した。

 ねぇ、僕、<誰でもない>さんの名前、考えてきたんだけど。「リンプ・オルフォ」って言うの、どうかな。
 いい名前ですね。なんていう意味ですか?
 「きれいな目」っていう意味なんだ。外の色々なキレイなものを見てほしいから……どう、使ってくれる?
 では、使わせてもらいます。今までは名前を使う相手もいなかったですから。
 その台詞を聞いて、名前は相手がいないと意味をなさないことに気づいた。名前本来の機能、その本質を知る機会なんか、こんなところでなくては一生ないだろう。
 だからさ、がんばって一緒に外に行こうよ。外の陽光を感じるのって、すっごく気持ち良いんだから、ね。
 ……そのためにはあの魔法を完成させなくては。
 そう言ってリンプはパイプを深く吸った。





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February 04, 2006

第6回リアクション E2 S−1



 ある告白に関する物語・B


 不思議なのはいまだに一度も衝突していないこと。
 ひょっとすると二人とも知らず知らずのうちに付かず離れずの距離を保っていたからかも知れない。
 その方がいいのか、悪いのか。
 知らず知らず……付かず離れず。


 S−1 突然の風

 あたいは自分の部屋で鳥の世話をしながら考え事に耽っていた。それは憎むことと好きになることについてだった。
 そしてそれはルアの事になっていた。あたいはルアの事が、多分好き、だと、思う。ルアはどう思って……。
 そのときタイミングよくノックの音がした。
 僕だけど、ちょっといい?
 ルアの声だった。
 開いてるよ、どうぞ。
 あたいはそう扉に声をかけた。
 しばらくするとルアが姿を現す。
 ねぇ、ジェイル。外に出てもまた会ってくれる?
 あたいは突然の問いかけにちょっと驚いた。
 なに言ってんだよ。当然だろ。同じ学院行ってんだしさ。
 あたいは平静を装ってそう言い返すのがやっとだった。
 うん、そうだね。あの、それで……その、出来れば、友達からでいいから、僕と付き合ってくれると嬉しいなぁ……。いや、そういう人いるんだったら気にしないで。
 予想してなかった台詞だった。いや、心のどこかでは期待していた台詞だったのかも知れない。でもあたいはこんなときだと言うのにあまのじゃくだった。
 あ…あのさぁ。あたいみたいなのでいいの? あたい女らしくないし、優しくない奴だし、ルアにはもっと……。
 なに言ってんだよ! 僕はそのまんまのジェイルが好きなんだよ。
 ルアは強くあたいの言葉を遮った。しっかりと見据えた綺麗な緑色の目は、その言葉の真剣さを語っていた。
 あたいは嬉しくなって思わず彼に抱きついていた。
 ありがとう。
 あたいはどうしてもこの単語を言いたかった。
 ありがとう。
 あたいは抱きついたまま繰り返した。
 ありがとう。そう言ってくれると本当に嬉しい。あたいもルアの事、好きだよ。
 ……え?
 ルアの気持ちを確かめるのが恐かった。変なこと聞いて、今までのように仲良く出来なくなるのが恐かった。でもルアの方から……ありがとう。
 だけど最後に一言、いたずら心が顔を出した。
 けどさ、あたいの料理、ちゃんと残さず食べてな。





08:17:36 | hastur | comments(0) | TrackBacks