September 12, 2007

第8回リアクション E1 S−1


唇からナイフ (Modesty Blaise)



 天才、奇才が数多く存在する学院の教諭、助手達の中で自らの事を「凡才」と公言する珍しい男がいる。
 薬草学の事ならば学院一と言っていい程の知識を有し、エリクシール・パルヴスに魔術の才を認められ助手を任されているにもかかわらず、だ。
 その小柄な体と、不釣合いな大きな目を《アルカディアにもいるもの》の魔術によって変える様な事をしないのは、そういった性格から来るのだろう。
 いつしか、「謙虚なブラシウス」というあだ名は、何の抵抗も無く定着してしまった。


 S−1 コレクター

 教諭塔、ブラシウス・ヘルバ助手の部屋――本来はエリクシール・パルヴスの部屋だが――には、数多くの人影で溢れていた。弟子とその契約精霊、からくり人形を数に入れるならば6人だ。
 しかし、当のブラシウスの姿がまだ見えない。授業の後始末がまだ終わっていないのだろうか。
「慌ててくる事も無かったですね。」
 何故か息を切らせているのは《鎚と環》のクロノス・サイクラノス。自作のからくり人形、レアを伴っている。
 そんなクロノスにまとわり付くようについて回る長い髪の美少女が二人。《アルカディアにもいるもの》のユイノ・セラエノと《契約者》のユリア・クライムペンタだ。お互いに牽制しあっているようにも見える。ちなみにユリアの『湖』の契約精霊、リンもこの場にいたが、彼女も長い髪の美少女だ。……この手のキャラクターの人口密度が高いような。
 当のクロノスといえば、そんな様子にまんざらでもない様子。しかし、今は大切な人形レアの調整に没頭していた。……ポーズだけなのかもしれないが。
 重苦しい沈黙を破ったのはユリアの呟きだった。あえてクロノスに聞こえる大きさの声のようにも聞こえる。
「レアはいつも一緒に居れていいわね……クラウスさんと。」
「あの……『クロノス』ですが。」
 流石に無視できない誤字言い間違えだったようだ。クロノスがすかさず突っ込む。続けて直ぐ傍にいたユイノが唇を尖らせる。
「お兄……いえ、クロノス先輩の名前を間違うなんて失礼じゃないですか? 大体、『クラウス』って誰なんです?」
 キバの息子。ではなく。
 そんな様子を少し離れた所から冷ややかな目で眺めていたのは、《鎚と環》のイーラ・ラエリウス。彼女の鮮やかな赤毛のみつあみは、この場の女性陣の中では極めて目立つ。
 そうこうしていると、せかせかとした足音と共にブラシウスが現れた。
「こんなに集まるとは予想外でしたが……まあ、いいでしょう。」
 その言葉とは裏腹に、特に困ったような様子も見せずブラシウスは集合した人物を見回した。
「アンコモン、貰えるのよね?」
 せっかちにユリアが確認する。
「勘違いしてもらっては困ります。あれは、成功報酬です。」
「え〜〜!」
 不満の声が上がる。
「で、探すものっていうのは?」
 早速「手伝い」の内容を聞き出そうとするのはイーラ。
「“知の賢者”と言われる者です。」
 しわがれた声で淡々と答えるブラシウス。当然、ここに来た者には聞き覚えの無い単語だ。……ただ一人を除いては。
「何者なんですか?」
 一同を代表してクロノスが補足説明を求める。
「では、歴史から説明した方が分かりやすいでしょう。ユイノ、あなたは授業である程度知っている話ですよ。」
 急に話を振られ、ユイノは少し驚いたように頷いた。
 その時、扉が大きな音を立てて開かれ、一人の少女が飛び込んできた。
「遅れてすみません。あの……いいですか?」
 何の確認かはよく分からなかったが、入って来たのは《アルカディアにもいるもの》のコリューン・ナツメだった。
「パラケルスス師のところの、コリューンですね。まあ、説明を始める前ですし、構いませんよ。」
 話の腰を折られた形になったが、ブラシウスはコリューンに椅子を勧めた。彼女はエリクシールの弟子であり、ブラシウスの妹弟子に当たる。
「では、続けましょうか。
 その昔、この学院が開かれる以前の時代。このコリアエは一つの島だったという事は存じてますね?
 ある日の事、とある魔法実験の失敗で、現在の地形となってしまったのです。その時、今は失われてしまった三つの流派の最後の継承者達が、その魂をもって島の『落下』を防いだのです。
 その三人は『賢者』と称されていたと伝わっています。
 今回、探していただくのはその中の一人、“知の賢者”と言う訳です。」
 そこで一旦言葉を切った。
「あの……何か手掛かりとかは?」
 クロノスが挙手する。
「わが師が言うには『この学院がこの場所に建てられたのは、偶然ではない。“知の賢者”が関わっているはず』との事です。」
「大メネラウスは“知の賢者”の存在を知り、学院をこの地に建てたと言う事ですか?」
「多分……そういう事でしょう。一応言っておきますが、学院内は私が既に調べ尽くしています。それでも見つからないので、あなた達に助力を求めているのです。」
 ナイフのように鋭いイーラの指摘を、肯定するブラシウス。
「是非、協力願います。これはわが師の復権に関わる重要な探索です。」
「パルヴス先生の?」
 ユイノが控えめな声を上げる。そういえば、師匠であるエリクシールとは一度も顔を合わせたことが無い。復権とは何を意味するのだろうか?
「ええ。あと、この事は余り他言しないように。『ブラシウスが学生を集めて何やら企んでる』みたいな噂が流れるのは困りますから。」
「まぁ、面白そうですし、実力、経験とも助手に近い自分が、手伝って差し上げましょう。」
 クロノスが協力に名乗り出る。随分と押し付けがましい善意のようにも聞こえるが。恩を売っておこうという魂胆なのだろうか?
「私からは以上です。“知の賢者”の居場所、あるいは接触する方法を見つけ出せた方には、約束どおりアンコモンを差し上げましょう。期限は……二週間とします。」
 必要な事を伝えるだけ伝えると、ブラシウスは学生達に退出するよう告げた。実に事務的な印象だ。

「う〜ん、どうしようかな……?」
 廊下に出てから、コリューンが眉根を寄せる。一応、依頼の全容は聞いたが、話に乗るかどうかは別のところにあるようだ。
「なんだか雲を掴むような話ね。でも、アンコモンも欲しいし……。」
 ユリアは別のところで葛藤しているのかも知れない。





07:25:31 | hastur | comments(0) | TrackBacks