March 09, 2007

第4回リアクション E1 S−1


鏡の中にある如く (Sasom i en Spegel)



 この世に「自分」は一人しかいない。
 この一意性が確立されるのならば、どんなに「自分」と姿形、性格が似ている者がいたとしても、それは「偽者」である。
 トト・メタリカ監禁事件もこの法則が当てはめられた。そう、トトが監禁されている期間、学院で活動していたトトは「偽者」なのだ。どんなにそれが似ていたとしても。一意制約を違反しているからだ。
 そして、その者にはいつしか「偽トト」という名称が与えられていた。


 S−1 ウワサの真相

 その教室にはいつもより人が溢れていた。当社比1.5倍だ。
 集まった人の目当てはトト・メタリカ。
 先週、なんとか生きたまま発見されたトトは、《アルカディアにもいるもの》の治療を受け、週が変わった今は教室にその姿を見せている。
 そのトトにべったりと張り付いているのは《怪異学派》助手、エカテリーナ・クレモアだ。
「トト君、もう大丈夫ぅ?」
 を連発している。当のトトはうざったそうにしている。
「あの……クレモア助手。はっきり言って、診察の邪魔なんですが。」
 助けの手を差し伸べた小男は《アルカディアにもいるもの》助手、ブラシウス・ヘルバ。それと、治療を手伝う《アルカディアにもいるもの》学生、レイリア・サルモン。二人ともエリクシール・パルヴスの弟子で、トトの兄弟子・相弟子に当たる。
「なによ! わたしとトト君の愛のさえずりを邪魔する気?」
 すっくと立ち上がるエカテリーナ。長い黒髪がざわざわと逆立っている。
「いえ、ですから診察を……。」
 気圧されるブラシウス。こうして立って並ぶと、ブラシウスの方がエカテリーナを見上げる格好となる。
 その隙にレイリアは、トトの治療にかかった。
「まだ、完全には回復していないみたいですね。ブラシウスさんも言ってましたけど、今週は激しい運動は避けた方がいいみたい。」
「そう? じゃ、トックの方も休もうかな。」
 トトは自分の所属するチーム『アルマ』の事を気にかけているようだ。
「私としては、そのまま寝ていてもらった方が有難いんだがな。」
 冗談めかして言うのは、これもトトの兄弟子に当たるファブレオ・アントニオ。彼は『アルマ』のライバルチーム『ローブル・ルブルム』に所属している。ブラシウスに負けず劣らず小柄な青年だ。
「ま、君の姉さんも調子を落としているみたいだし、別にどっちでも構わないんだがな。それよりも気になる事があるんだが。最近、妙なバズに付きまとわれてるんだ。何か心当たり無いか?」
「さぁ? 僕はこんな状態だし、知る由も無しって感じ?」
 愛想の無い返事を返すトト。
「そのバズを支配しているのが誰か分かればいいんですよね? 野良バズかも知れませんが。」
 いつの間にか傍に寄ってきていて、そう答えるのは《怪異学派》リクト・マイウェル。彼の支配する怪異は残念ながらルゥグァだ。
「じゃ、ライバルチームの偵察って事も考えられるって訳だな。」
 ひとまず納得するファブレオ。
「それで、トトさん。聞きたいことがあるのですが。」
 別の話題、というか、本題に入るリクト。トトは首の動きだけで承諾した。
「なぜ捕まっていたのでしょうか? 誰に捕まったのでしょうか?」
「それは私も聞きたかった事です。」
「わたしも〜。」
 いつの間にか一人増殖していた。最後の声は《アルカディアにもいるもの》のコリューン・ナツメのものだ。若干十歳でテオフラスト・パラケルススに師事している。
「じゃ、順を追って説明しようか。」
 もったいぶってトトは話し始めた。
「2週間前、だったかな? 放課後、レビィと分かれた後、姉さんに旧貯蔵庫に呼び出されたんだ。で、そこでガツンと殴られて、あそこに閉じ込められたって訳。」
「ヒルダが?」
 ファブレオが疑問の声を上げる。
「当然、姉さんがそんなことするわけない。僕も救出された後聞いてみたけど、その時間はトックの練習場に居たって言ってたよ。」
「それ、裏は取れてるんですか?」
 コリューンが更に追求する。気分は探偵だ。
「その事なら大丈夫だぜ。『アルマ』のメンバーが証言してくれた。」
 またもや別の方向から声がした。そちらを向くと、蜂蜜色の髪を逆立てた美男子と、同じく蜂蜜色の癖のある長い髪の少女がいた。二人とも、腕には目立つブレスレットを巻いている。
 彼らは風紀委員会『ヘクサリオン』のメンバーだ。男の方が《怪異学派》のロッコ・アウアア。少女の方が《契約者》のカロレッタ・アウアア。
「ま、そいつはヒルダに化けた何者かだろうよ。さ、話を続けてくれ。カロレッタ、ちゃんとメモ取れよ。」
 その場を仕切るようにロッコが口を出す。カロレッタの方はこくんと頷きメモの用意を始めた。
「……まぁいいか。で、僕が気を失ってる間に口を塞がれ、手と足を縛られたんだ。これじゃ、まともには魔法が使えない。一応、声が通りやすい夜を狙ってうめき声くらいは出したんだけどね。」
 リクトがザイクロトル・オークラノスに聞いた、旧貯蔵庫から聞こえる声というのはこの事だろう。
「その甲斐あって、なんとか助けられたんだけど……みんな、気づくの遅いよ。」
 今度は恨み節だ。
「僕がエリクシール先生の弟子じゃなかったら、今頃衰弱死してたね。」
「そうですね……口と手の自由が奪われても、低度の癒しは使えたみたいですし。」
 レイリアが、その点には同意する。
「だが、トトが監禁されていた期間にも、学院にはトトがいた、と。」
 救出が遅れたという件は無視して、ロッコが話を進める。
「私でさえも見破れないくらい、完璧な変装だったという訳か。」
 付き合いの長いファブレオが漏らす。
「どうしてそいつが偽者で、ここにいるのが本物だって言えるんだ?」
 またまたまたまた、人が増えていた。疑問を発したのは《鎚と輪》のイーラ・ラエリウス。レディティオ・マニウス学部長の愛弟子だ。
「その点なら説明できるぜ。その偽トトがレビィとレイリアの目の前で、鳥に変身して逃げ出したんだ。」
 ロッコがそう言って、イーラにニヤリと笑いかける。こいつとは気が合いそうに無いな、とイーラは思ったが、ロッコはお構い無しに言葉を続けた。
「その鳥は俺たちも追いかけたんだが……あの時はカロレッタはいなかったな?」
 ロッコの妹は、また無言で頷いた。熊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。




08:42:59 | hastur | comments(0) | TrackBacks