February 02, 2007

第3回リアクション E4 S−1


冒険者たち (Les Aventuriers)



 食事とは、定期的にやってくる空腹と言う名の呪いを、一時的に解除する儀式である。
 しかし、それ以上の意味を持たせようとする者の、なんと多い事か。ある者は美味を求め、ある者は団欒を欲する。
 ここにも、別の意味を持たせようとする者たちがいる。一人は少女、一人は青年。そして、もう一人は契約精霊。それを観戦する者さえ存在した。
 彼らが手にせんとする物は、達成感か、優越感か。冒険者たちの挑戦が始まる。


 S−1 ある戦慄

 週の半ばの食堂では、ちょっとした異変が起きていた。
 あのミルクバナナフラッペに挑戦するという者が三人も現れたからである。
「ざわっ……ざわっ……」
 ざわめく食堂内。たまたまその場に居合わせた《アルカディアにもいるもの》のレビィ・ジェイクールは、夕食に普通サイズの鍋スパを頼み、事の経緯を見守る事にした。ちなみに鍋スパとはその名の通り、鍋に盛り付けられたスパゲッティーだ。
「あれに挑戦するのか……。これは見ものだな。」
 注文を受けたのは厨房係のアリシア。彼女は《契約者》ジータ・モラリスの契約精霊であり、夕食の厨房係を買って出る事が多い。しかし、彼女はデザート専門で、所謂パティシエだ。夕食時にしかその場に現れない事から“夕陽の料理人”という通り名が付いている。これは、アリシアが『陽』の精霊である事もかけているらしい。
「はいっ、お待ちどうさま。」
 テーブルの上に三つのミルクバナナフラッペが並ぶ。その様は、正に巨峰群(*1)といった趣だ。
 挑戦者の一人は、《怪異学派》のリクト・マイウェル。
「根性で登りきってみせる!」
 と、鼻息荒い。彼自身、料理の腕前もかなりのもので、今後、同様のメニューを自ら作る時の為の参考とするつもりなのかもしれない。
 二人目は、《契約者》のルゥ・ルゥ。
「このメニューはルゥ・ルゥたちへの挑戦ね!」
 眼前にそびえ立つ雪山を、物怖じせず凝視するルゥ。
 三人目は、そのルゥの契約精霊のティアだった。
「……ね、アリシア。これ、高すぎない?」
 同じ『陽』の精霊同士という事で、少しは面識があるのかも知れない。ティアはアリシアに疑問を投げかけてみる。
「いつもどおり、標高300mmよ。さ、美味しいからどんどん食べてねっ。」
 しかし、アリシアはそんなことはお構いなしに、そう明るく言い放つ。
 そして、三人の前に、魔法の砂時計を置いた。
「登頂したら、ちゃんと記録を残してあげるからね。」

 一方、その様子を窺いながら、レビィは鍋スパを順調に登り続けていた。
 ミルクバナナフラッペが雪山ならば、鍋スパは活火山と呼べよう。その熱さは多くの登山者の舌を焼きただれさせた。レビィは、流石に14年も弟子を勉めているだけあって、その攻略も見事なものだった。大き目の取り皿を用意し、冷ましながら着々と胃に運んでいく。
「ね、ね、レビィ、聞いてよ。」
 いつの間にか横に来ていたアリシアが、レビィに話しかける。
「昨日、寄宿舎の食堂行ったの。食堂。
そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで座れないの。
で、よく見たらなんか垂れ幕下がってて、アタック(*2)隊募集、とか書いてあるのよ。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
あなたたちね、アタック隊如きで普段来てない食堂に来てんじゃないわよ、ボケ。
アタック隊よ、アタック隊。
なんか兄弟連れとかもいるし。兄弟4人で登頂? おめでたいわね。
よーし兄さん鍋スパ頼んじゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
あなたたちね、コモンカードあげるからその席空けろと。
登頂ってのはね、もっと殺伐としてるべきなのよ。
テーブルの向かいに座った奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、
登るか遭難するか、そんな雰囲気がいいんじゃないの。女子供は、すっこんで。
で、やっと座れたかと思ったら、隣の人が、大盛鍋スパ5人で、とか言ってるの。
そこでまたぶち切れよ。
あのね、アタック隊なんてきょうび流行んないのよ。ボケ。
得意げな顔して何が、5人で、よ。
あなたは本当に鍋スパを登りたいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
あなた、鍋スパって言いたいだけちゃうんかと。
登頂通のあたしから言わせてもらえば今、登頂通の間での最新流行はやっぱり、
単独登頂、これよね。
大盛りミルクバナナフラッペ単独。これが通の頼み方。
ミルクバナナフラッペってのはバナナが多めに入ってる。そん代わり氷が少なめ。これ。
で、それに大盛り単独。これ最強。
しかしこれを頼むと次から厨房係にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まああなたたちド素人は、死神セットでも食ってなさいってことよ。」
 一気にまくし立てると、アリシアは厨房の中に消えていった。
 レビィがペースを崩した事を付記しておく。


(用語解説)
*1 巨峰群……8000m級の山が連なっている場所の事。特にヒマラヤを指す場合もある。
*2 アタック……ヒマラヤなどの遠征で、最終キャンプから頂上をめざして登ること。登りにくい山岳に挑戦すること。






08:41:06 | hastur | comments(0) | TrackBacks