September 15, 2007

第8回リアクション E4 S−1


野生の少年 (L'Enfant Sauvage)



「死と太陽は直視することは不可能である」
「死は人生の終末ではない。生涯の完成である」
 これらの言葉はある意味真理であろう。しかし、人間にしか当てはまらないかも知れない。
 そもそも、「生物」と「生物で無いもの」の境界線はどこであろう。それは、そのものが夢を見るかどうかではないか。その辺に生えている植物も、転がっている鉱物も、夢を見ていると主張するならば、それは「生物」と言って良いのではないか。
 さて……「ホムンクルスは電気鼠の夢を見るか?」


 S−1 博士の異常な愛情

 《アルカディアにもいるもの》の弟子、ミアは、師匠の居室を訪れていた。いつに無く、真面目な表情で。
「師匠、お話があるの〜。……って、それなぁに?」
 その深刻そうな顔も、長い時間は続かなかった。
 師匠、テオフラスト・パラケルススは杖の手で奇妙なものを掴んでいた。にゅるにゅると動き回るそれは、ウナギのようにも見えた。
「儂の新作じゃ。名前はまだ無いがの。で、何用じゃ?」
 テオフラストはウナギのような人工生命を箱にしまうと、ミアの方を向いた。
「あ、えっとねぇ……気になってることがあるのぉ。インザーラちゃん死んじゃった時、マンドラゴラ手に入らなかったのが痛かったって言ってたでしょ?」
「うむ。」
「それってもしかして、カヲルちゃんも同じこと?」
 普段とは違い、悲哀の色を見せるミアの顔。
「まぁ、そういうことじゃな。」
 テオフラストは若すぎる弟子に解説してみせる。
「そもそも人工生命というのはゴーレムと違い、その維持が難しい。ほれ、ほったらかしにしてたあやつは、まだピンピンしておる。」
 そういって、部屋の隅に設置された檻に収容されている、フレッシュゴーレムを指す。数週間の間、寄宿舎を騒がしていた、例のゴーレムだ。
「そして、人工生命は知能が高ければ高いほど、その維持が困難となる。つまり、『寿命が短い』」
 最後の単語を強調して言う。ミアは黙って相槌を打っている。
「この問題をクリアするには……というか、急場凌ぎするには高等な触媒が必要となる。それがマンドラゴラと言う事じゃ。」
「ふ〜ん……じゃ、カヲルちゃんもマンドラゴラが無いとすぐに死んじゃうってこと?」
「さぁ? すぐかどうかは分からんわ。儂もホムンクルスを作り上げたのはまだ二回目じゃ。その辺の問題点を洗い出す為にも、おぬしには観察を続けてほしいと言うことじゃな。」
 観察、という言葉に違和感を感じつつ、ミアは質問を続けた。
「じゃぁ、もうひとつぅ。マンドラゴラって何?」
 ずっこけるテオフラスト。
「そんな事も知らんと質問しておったのか。マンドラゴラというのは怪異の一種で……。」
 マンドラゴラについて、知識を授けるテオフラストだったが、ミアがどれほど理解しているのかは分かりかねた。
「ってことはぁ……ティモル島にしかないってこと?」
 その触媒の在り処について、問い詰めるミア。
「そういう事になるかの。まぁ、いくつか保有してる人間はいるじゃろうが。……インタの奴とかの。」
 テオフラストは《怪異学派》の学部長の名をあげた。確かに、マンドラゴラを持っていてもおかしくは無い人物だ。
「なんだぁ! インタちゃんに貰えばいいんだ☆」
 おなじみの鉄拳制裁。
「そんな貴重なもん、ただでくれるような奴と思うか?」
 頭をさするミア。ちょっと涙目だ。
「でも……それが無いとカヲルちゃんが死んじゃうんでしょ?」
 そんな様子を見て、テオフラストはため息をついた。
「しようが無いのぉ。ほれ、こいつをくれてやるわ。」
 そう言って、籠から一体の人工生命を取り出す。それは白く短い毛に覆われた、蛇のような生き物だった。
「え? 何これ? かっわい〜♪」
「見たいと言っておったじゃろうが。『ヘビウサギ』じゃ。」
「でも、それってグレイちゃんがダメにしちゃったんでしょ?」
「なに、これくらい新たに作るのは簡単なことじゃ。」
 テオフラストの目尻が微妙に緩む。
 ミアの機嫌は、少しだけよくなったようだ。





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September 14, 2007

第8回リアクション E3 S−2


勝手にしやがれ (A Bout de Souffle)



 怪物と戦う者。それはその過程で自分自身が怪物にならぬよう、強固な意志を持たねばならない。
 何故なら、深淵を覗く時には、深淵もまたこちらを覗いているからである。


 S−2 捜索者

 コリューンはその後で、《怪異学派》の弟子たちと接触を持つことにした。一連の怪異に関する騒動について、自分なりに真実を掴みたいという欲求からだったのかも知れない。すべての授業が終了した放課後、コリューンはザイクロトル・オークラノスと食堂で落ち合うことができた。
「やあ、今日は何用だ?」
 きさくにはなしかけてくるザイクロトル。コリューンは、彼の知っている、怪異に関連した情報をどう引き出そうかと思案していた。
「寄宿舎を荒らしまわっていた……という怪異が、その後どうなったか知りたいんですけど。」
「あれは……パラケルスス先生の……っていう話をしただろ。」
 急に声をひそめるザイクロトル。
「いえ、それ以外でも、各地で問題になっている怪異の騒動について、その……関連性というか。」
「どの?」
「魔術学院を破壊してまわっていた、とか……。」
「ああ、あの事件か。そういやあれ以来、ここしばらく話を耳にしないな。どこかに逃げて行ったのかも知れないぜ。」
「そうなんですか?」
「解らないがな。でも今、この現状では何も問題は起こっていないじゃないか。」
「確かにそうですね……。」
 コリューンは軽く溜め息をついた。
「まぁ、俺が知ってることで、聞きたいことがあったらいつでも言ってくれ。」
 ザイクロトルはそう言って、食事にありついた。

 別の日。コリューンはラウダンクルクス・ケレス教諭とその授業の参加者が行方不明になった事件について考えていた。これも、怪異となんらかの関係があるのではないかと推測を立てたのであろう。
 しかし、どこから、あるいは誰からその関連情報を集めるのかと言う事までは考えていなかったようだ。情報が得られなければ、さしたる進展も無い。コリューンは途方に暮れていた。
 そんな時、ペンタルームから出てくる《アルカディアにもいるもの》学部長、イフオブ・サンクッパーの姿を見かけた。彼は「ショウめ、何をやっておるのだか……」と一人こぼしながら歩いている。
 行方不明になった学生の中に「ショウ」という名前があったこと、ショウはイフオブの弟子だった事を思い出したコリューンは、イフオブを呼び止めた。
「あの、ショウさんのこと、ご存知なんですか?」
 コリアエでも一二を争うほどの巨漢、イフオブを見上げながら尋ねるコリューン。
「ん? ああ、さっきその部屋で話して来たところだ。」
 イフオブはそう言ってペンタルームの扉を指差す。
「え? ここにいたんですか? 行方不明じゃなくて?」
 思わず聞き返す。
「百聞は一見にしかずだな。行ってみるといい。」
 それだけ告げて、イフオブは忙しそうに立ち去っていった。
 コリューンは言われるまま、ペンタルームへと踏み入れた。普段ペンタをやらないコリューンにとっては縁の薄い場所で、中の様子は余り詳しくない。
 入ってみると、そこにはいくつかテーブルが並んでおり、そこにはペンタのカードが広げられていた。当然、対戦に夢中になっている者が幾人かいる。壁には本棚や大きな姿見があり、鏡の前には漆黒のローブを纏った男が立っていた。男は鏡の中をじっと覗いている。
 よく見ると、鏡には男の姿は映っておらず、代わりに草原にカードを広げてペンタに興じている二人の人間が見えた。
 暫くすると、鏡の向こうでは試合が終わったらしく、片づけを始めようとしていた。その二人はコリューンには少し見覚えがあった。
 《アルカディアにもいるもの》のショウ・服部とフォルティア・マイアだ。思わずコリューンは鏡の中に向かって声をかけた。
「あの、ラウダンクルクス先生の授業の方たちですよね? 何が起こったのか教えてくれませんか?」
 それに答えたのはフォルティアだった。
「いいですわよ。その代わり、こちらからもお願いがあるの……。」
「ええと……内容にもよりますけど。」
「まあ、いいですわ。まず、こちら側の事を教えてあげましょう。」
 そう言うと、フォルティアはこれまで起こった事を掻い摘んで説明してくれた。
 ラウダンクルクスの授業で、コリア島の森の奥で『虹』の精霊と綱引きをしたこと。
 綱引きに勝つと、精霊界の扉が出現した事。
 先週、その扉をくぐって精霊界に来た事。
 扉が消えてしまった事。
 精霊界の『湖』とペンタルームの鏡が繋がっていて、映像と音声はやり取りできるようになった事。
 人間が精霊界に入り込んだことでバランスが崩れ、人間界に『怪物』が出て行こうとしている事。
 エトセトラ、エトセトラ……。
「……という訳です。まだ、そちらに帰る手段も見つかっていません。」
 結構緊迫した状況だと思われるのに、フォルティアは穏やかに言葉を続けていた。ショウは話が長くなると感じたのか、既に立ち去ったようだ。
「そうだったんですか……じゃ、怪異とはあまり関係が無いのかな?」
「怪異? さぁ、それは分かりませんが。それより、こちらのお願い、聞いてもらってもいいですか?」
「あ、はい。」
「先々週くらいに、中庭の花壇が何者かに荒らされた、と言うのはご存知?」
 そう言えば、そんな話もあったような気がしたが、あまり関心が無かったのでコリューンは詳細までは知らなかった。
「それで、その犯人を捜して懲らしめて欲しいの。美化委員長としては、とても許しがたい……。」
 今までの雰囲気とは一変して、フォルティアの肩がわなわなと震えている。
「お願い、出来るかしら?」
 口調が強い。強要のようにも聞こえた。
 “賢者”探し、消えた怪異、精霊界に花壇荒らし……コリューンは体が足りないと感じ始めていた。





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September 13, 2007

第8回リアクション E2 S−1


寒い国から帰ったスパイ (The Spy Who Came in from the Cold)



 さて、物事の秘密を探る方法としては、どのような手段が挙げられるだろうか。
 一番現実的で直截的なのは、対象となる人物に接触し、聞き出すことであろう。
 しかし、相手が警戒し本当のことを話さない可能性もある。そこを乗り越える為に、こちらが「探っている」ということを相手に悟られないような工夫が必要となる。
 これが「スパイ」の始まりではないか。


 S−1 本能

 《鎚と環》のクロノス・サイクラノスは、《怪異学派》のロッコ・アウアアの行動を探ろうと考えていた。しかし、途方に暮れているところだった。
 ロッコの動向を探ろうと思っているのだが、具体的にどうやって探るのか、そこまでは思案していなかったので当然といえば当然だが。例えるならば「今日は肉料理にしよう」というところまでしか考えておらず、焼くのか煮るのか、あるいは辛い味付けにするのかそうでないのか、そういう具体的な料理法までは決めていない、とりあえず肉だけは手に入れているという感じであろうか。このような状態ならば、肉を眺めて指をくわえるしかないのではないか。……肉を放り込めば自動的に美味しく調理されるような魔法の箱でもあれば話は別だろうが。
 とりあえず、あとをつけるという方法を実践してみるクロノスだった。

 放課後になると、見失わないようにロッコの後を尾行するクロノス。ロッコは何か忙しそうに、早足で廊下を移動していた。
 すると、ロッコはとある部屋に入っていった。風紀委員の部屋だ。
 クロノスは中の様子を窺おうと、レアを扉の前に送った。聴覚を同調させ、中の会話を聞き取ろうと試みる。
 しかし、何も聞こえてこなかった。まるで、誰もいない部屋のようだ。
「おかしいですねぇ……。」
「ルークがいるんだろ。」
 急に後ろから話しかけられ、慌てて振り返るクロノス。そこにはいつの間にか、灰色のローブを着込んだ、中年の男が立っていた。
「『凪』の精霊であるルークは、防音魔法が得意だからな。」
 男は気にせず解説を続ける。
「困りましたね。これでは手詰まりですよ。」
「ロッコを調べたいのかい? じゃ、簡単な方法があるが。」
「それは……?」
「ヘクサリオンに入ればいい。内側から色々と調べる事が出来るだろう。……まぁ、君が入隊できるかどうかはかなり怪しいがな。」
「どういう意味で……?」
 クロノスは疑問を口に出す事しか出来ない。
「適性ってものがある訳だよ。じゃ、カミさんが煩いんで俺はこの辺で。」
 立ち去ろうとする灰色ローブの男。
「あなたは一体、何者ですか?」
「ただの噂好きなおじさんさ。」
 その言葉だけ残し、男はその場を去った。
「誰だったんでしょう……あ。」
 そこまで言ってクロノスは思い出した。今日の放課後、ブラシウス・ヘルバの手伝いについての説明が行われる事を。
 急いでレアを引き戻し、クロノスは教諭塔へと駆けていった。





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September 12, 2007

第8回リアクション E1 S−1


唇からナイフ (Modesty Blaise)



 天才、奇才が数多く存在する学院の教諭、助手達の中で自らの事を「凡才」と公言する珍しい男がいる。
 薬草学の事ならば学院一と言っていい程の知識を有し、エリクシール・パルヴスに魔術の才を認められ助手を任されているにもかかわらず、だ。
 その小柄な体と、不釣合いな大きな目を《アルカディアにもいるもの》の魔術によって変える様な事をしないのは、そういった性格から来るのだろう。
 いつしか、「謙虚なブラシウス」というあだ名は、何の抵抗も無く定着してしまった。


 S−1 コレクター

 教諭塔、ブラシウス・ヘルバ助手の部屋――本来はエリクシール・パルヴスの部屋だが――には、数多くの人影で溢れていた。弟子とその契約精霊、からくり人形を数に入れるならば6人だ。
 しかし、当のブラシウスの姿がまだ見えない。授業の後始末がまだ終わっていないのだろうか。
「慌ててくる事も無かったですね。」
 何故か息を切らせているのは《鎚と環》のクロノス・サイクラノス。自作のからくり人形、レアを伴っている。
 そんなクロノスにまとわり付くようについて回る長い髪の美少女が二人。《アルカディアにもいるもの》のユイノ・セラエノと《契約者》のユリア・クライムペンタだ。お互いに牽制しあっているようにも見える。ちなみにユリアの『湖』の契約精霊、リンもこの場にいたが、彼女も長い髪の美少女だ。……この手のキャラクターの人口密度が高いような。
 当のクロノスといえば、そんな様子にまんざらでもない様子。しかし、今は大切な人形レアの調整に没頭していた。……ポーズだけなのかもしれないが。
 重苦しい沈黙を破ったのはユリアの呟きだった。あえてクロノスに聞こえる大きさの声のようにも聞こえる。
「レアはいつも一緒に居れていいわね……クラウスさんと。」
「あの……『クロノス』ですが。」
 流石に無視できない誤字言い間違えだったようだ。クロノスがすかさず突っ込む。続けて直ぐ傍にいたユイノが唇を尖らせる。
「お兄……いえ、クロノス先輩の名前を間違うなんて失礼じゃないですか? 大体、『クラウス』って誰なんです?」
 キバの息子。ではなく。
 そんな様子を少し離れた所から冷ややかな目で眺めていたのは、《鎚と環》のイーラ・ラエリウス。彼女の鮮やかな赤毛のみつあみは、この場の女性陣の中では極めて目立つ。
 そうこうしていると、せかせかとした足音と共にブラシウスが現れた。
「こんなに集まるとは予想外でしたが……まあ、いいでしょう。」
 その言葉とは裏腹に、特に困ったような様子も見せずブラシウスは集合した人物を見回した。
「アンコモン、貰えるのよね?」
 せっかちにユリアが確認する。
「勘違いしてもらっては困ります。あれは、成功報酬です。」
「え〜〜!」
 不満の声が上がる。
「で、探すものっていうのは?」
 早速「手伝い」の内容を聞き出そうとするのはイーラ。
「“知の賢者”と言われる者です。」
 しわがれた声で淡々と答えるブラシウス。当然、ここに来た者には聞き覚えの無い単語だ。……ただ一人を除いては。
「何者なんですか?」
 一同を代表してクロノスが補足説明を求める。
「では、歴史から説明した方が分かりやすいでしょう。ユイノ、あなたは授業である程度知っている話ですよ。」
 急に話を振られ、ユイノは少し驚いたように頷いた。
 その時、扉が大きな音を立てて開かれ、一人の少女が飛び込んできた。
「遅れてすみません。あの……いいですか?」
 何の確認かはよく分からなかったが、入って来たのは《アルカディアにもいるもの》のコリューン・ナツメだった。
「パラケルスス師のところの、コリューンですね。まあ、説明を始める前ですし、構いませんよ。」
 話の腰を折られた形になったが、ブラシウスはコリューンに椅子を勧めた。彼女はエリクシールの弟子であり、ブラシウスの妹弟子に当たる。
「では、続けましょうか。
 その昔、この学院が開かれる以前の時代。このコリアエは一つの島だったという事は存じてますね?
 ある日の事、とある魔法実験の失敗で、現在の地形となってしまったのです。その時、今は失われてしまった三つの流派の最後の継承者達が、その魂をもって島の『落下』を防いだのです。
 その三人は『賢者』と称されていたと伝わっています。
 今回、探していただくのはその中の一人、“知の賢者”と言う訳です。」
 そこで一旦言葉を切った。
「あの……何か手掛かりとかは?」
 クロノスが挙手する。
「わが師が言うには『この学院がこの場所に建てられたのは、偶然ではない。“知の賢者”が関わっているはず』との事です。」
「大メネラウスは“知の賢者”の存在を知り、学院をこの地に建てたと言う事ですか?」
「多分……そういう事でしょう。一応言っておきますが、学院内は私が既に調べ尽くしています。それでも見つからないので、あなた達に助力を求めているのです。」
 ナイフのように鋭いイーラの指摘を、肯定するブラシウス。
「是非、協力願います。これはわが師の復権に関わる重要な探索です。」
「パルヴス先生の?」
 ユイノが控えめな声を上げる。そういえば、師匠であるエリクシールとは一度も顔を合わせたことが無い。復権とは何を意味するのだろうか?
「ええ。あと、この事は余り他言しないように。『ブラシウスが学生を集めて何やら企んでる』みたいな噂が流れるのは困りますから。」
「まぁ、面白そうですし、実力、経験とも助手に近い自分が、手伝って差し上げましょう。」
 クロノスが協力に名乗り出る。随分と押し付けがましい善意のようにも聞こえるが。恩を売っておこうという魂胆なのだろうか?
「私からは以上です。“知の賢者”の居場所、あるいは接触する方法を見つけ出せた方には、約束どおりアンコモンを差し上げましょう。期限は……二週間とします。」
 必要な事を伝えるだけ伝えると、ブラシウスは学生達に退出するよう告げた。実に事務的な印象だ。

「う〜ん、どうしようかな……?」
 廊下に出てから、コリューンが眉根を寄せる。一応、依頼の全容は聞いたが、話に乗るかどうかは別のところにあるようだ。
「なんだか雲を掴むような話ね。でも、アンコモンも欲しいし……。」
 ユリアは別のところで葛藤しているのかも知れない。





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September 11, 2007

第8回リアクション D1 S−2


 S−2 橋のない川

 意を決して飛び込むと、目の前には意外な光景が広がっていた。
 水に飛び込んだはずなのに服は濡れておらず、空気も普通に存在していた。何より、その広さに驚いた。
 足元には石畳の街路。左右には屋根の尖がった、石造りの小さな家屋。それらは全て縞瑪瑙で作られていた。そして、道の先には瀟洒な城が目に入る。
「な……何、ここ?」
 目をぱちくりさせるクロエ。その頭上にはロープが垂れ下がっていた。何かのために、ミルウスに上空で待機してもらって、その脚にロープを結んでおいたのだ。
「凄いところですね……。」
 ショウの方も驚きを隠せない。しかし、不思議と警戒心は沸き起こってこなかった。
「じゃ、『精霊王』に会いに行きましょう。」
 ショウは歩を進める。城に向かって。

 城下町も、城に入ってからも、二人は誰にも会っていなかった。無人の街、静寂の城。多少の薄気味悪さを覚えながらも、二人は玉座のあると思われる場所に向かって歩き続けた。
 そして、そこに、着いた。
 煌びやかな玉座に座っている人物……いや、人の形はしていなかったが、それはショウ達の訪問を予測していたかのように落ち着き払っていた。こちらに目をやり、言葉を待っているようだ。
「あなたが『精霊王』ですか?」
 ショウは玉座にいる者に問うた。
「左様。この精霊界を監視し守護し支配する者であり『王』と呼べる存在である事は疑いようも無い事実であろうがそれとは別に固有名詞を持ち合わせている事もまた明らかに事実でありしかし一般的に広く用いられている呼称は『王』であるからしてその方もそのように呼んで頂いて結構。」
 ショウ達の前に座する者……それは兎の姿形をしていた……は、そう一気に流れるように答えた。その余りにも長くこねくり回した物言いに、文章の意味を理解するのに時間がかかる。
「あの……お尋ねしたい事があるんですけど、よろしいですか?」
 この問いには、『精霊王』は頷いて答えて見せた。
「この前、『森』の精霊さんに聞いたのですが、『怪物』とは何者なんですか?」
「『見えざる力の流れ』と自然を操る事が出来、強靭な生命力を持ち、知性あるものを恐怖に染める事の出来る特別にして普遍であり異変の象徴とも言うべき存在であるが形而上的存在ではなくれっきとした生物だ。」
 クロエは『王』の台詞を理解しようと努力しているようだが、長い割に抽象的な言葉が多いのでそれはなかなか叶わなかった。それはショウも同じ事で、結局『怪物』とやらがどんな形状をし、どんな能力を持っているのか、想像する事すら危うかった。
 しかし、質問を続けるしかなかった。
「では、『怪物』はどうすれば倒せるのでしょう? 対応策は?」
「まずは人間界に戻りエルレインの助けを借りるのが最も早く最も確実な方法と言えるのであるがそれには『王』ではなく儂本来の名前をエルレインに伝える必要がありさりとて儂自身も本当の名前は失念して久しくそれを探す事から始めなければならないと推測される。」
「エルレイン? 名前?」
 隣でクロエが首を傾げる。やがて思い出したように話し始めた。
「エルレインって学院長の契約精霊だったような気がする。」
 《契約者》の学生であるクロエには聞き覚えのある名前だったようだ。しかし、実際にエルレインに会ったことは無いという。クロエはウァリウス・アミニウスの直弟子ではないのだ。
「それと、『精霊王』の名前……。あの、何かヒントのようなものはありませんか?」
「否。儂自身が答えを知っていない訳でヒントと言えるようなものが提示できるかと言えば難しい事であろうがあえて言うならば儂も元々はコリアエの魔術師であり『見えざる力の流れ』を使う事無く大きな力を扱う事が可能でその力によって精霊界の『王』と成り得たとも言える。」
 『王』は赤い目をこちら側へ向け、音吐朗々と答えあげた。
 今一納得がいかない様子のショウであったが、また何かを訊くと長々とした答えが返ってくると思い、その場を立ち去る事にした。





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