June 26, 2007

第5回リアクション E2 S−1


if もしも… (If)



 真実と言うのは、一片の花弁のような物です。そしてそれは、満開の紫陽花畑に落ちています。
 そこに落ちている全ての花弁が真実なのです。紫陽花畑の座標が事実と言えるでしょう。
 私は歴史学を通じて、紫陽花畑の在り処をあなた方に伝えます。あなた方はそこで、自分なりの花弁を拾い出してください。

エリクシール・パルヴスの講義より


 S−1 若者のすべて

 レイリア・サルモンは、トト・メタリカの姿を探していた。治療を行うと言う目的もあったが、それよりも色々と聞き出したいことや問い詰めたい事などがあるのだろう。
 果たして、トトは教室でぼんやりとしていた。
「あら、今日はクレモア助手はいないんですね?」
 いつもトトにへばりついている《怪異学派》助手、エカテリーナ・クレモアの姿が見えない。少し不思議な感じだ。
「……なんでも、サイスさんの事件で、色々と忙しいみたいだよ。」
 《怪異学派》助手、サイス・マリナスの死亡事故のことを言っているのだろう。
「まぁ、あんなオバサンに付きまとわれてちゃ迷惑だし。いい事だよ。」
 微笑を浮かべるトト。
「実はちょっと寂しかったりして……。」
 レイリアがからかう。
「そんな事無いさ。レイリアみたいな子に付きまとわれるんだったら大歓迎だけど。」
 予想外の台詞に、不覚にも顔が赤くなるレイリア。
「な〜んてね。あれ、本気にした? いてて!」
 レイリアは微かな魔術でトトの二の腕をつねった。地味に痛い。

「で、トト君は本当に監禁された理由って思いつかないの?」
 本題に入るレイリア。
「無いよ。前にも言ったけど、個人的な恨みっていうんだったら全然覚えが無いね。」
 まぁ、自覚が無いだけかもしれないが。
「だったら、何か知ってはいけないことを知ってしまったとか。口封じですりかわったって事もあるのでは?」
「やばい情報を知ってしまったから……? 特に無いなぁ。」
 本気で思い出そうとしているみたいだが、何も出てこなかったらしい。
「それより、僕が監禁されている間、奴がどんな行動をしてたか。そっちの方を吟味してみた方がいいんじゃない? それなら、レイリアもよく知っているはずだし。」
 珍しくまともな意見を出すトト。レイリアは少しだけ見直した。少しだけだが。
「そうねえ……ちょっと考えてみるわ。ありがとう。」
「まぁ、お礼は愛の接吻に負けとくよ。いてて!」
 レイリアは微かな魔術でトトの目蓋をつねった。地味に痛い。





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June 14, 2007

第5回リアクション E1 S−4


 S−4 白昼の通り魔

 ついにその日がやってきてしまった。
 インザーラ・ティスが全ての機能を停止させたのだ。つまり「死んだ」。
 殆ど面識のなかったミアだったが、姉弟子の死に直面し、心を痛めた。暫く目を伏せる。
「はやり、マンドラゴラが手に入らなかったのが痛かったかの……。」
 師匠の方はと言えば、それほどまでには悲しんでいる様子は無い。
「師匠。治すことは出来なかったの? って、何の病気だっけ?」
 普段ならば杖でツッコミを入れるところだろうが、今はそうしなかった。
「病気ではない。寿命じゃ。」
「え? 嘘? 師匠より全然若いじゃない。」
「『師匠より』は余計じゃ。」
 ごつん。
 やっぱり突っ込まれた。
 インザーラは見た目、30代くらいに見える。長寿の魔術師と言えど、テオフラストより先に寿命が来るとは思えなかった。
「まぁ、これで一応の結果を見せる事が出来た。来週、研究発表を行うぞ。」
 ミアの頭は疑問符で溢れていたが、師匠はいたって真面目なように見えた。

 一方、コリューンはバズをつけていた。相変わらずバズはファブレオの後を追っている。それに気づかれないようコリューンが尾行を続ける。
 ある時、バズの異変に気づいた。なにやらブツブツ独り言を言っているようだ。
 コリューンは《アルカディアにもいるもの》の流派魔術を用い、聴覚を上げてみた。
「……さて、そろそろ潮時か?……。」
 驚いた。バズが喋るとは。元々バズと言えば、知能の低い怪異として知られている。
 しかし、驚く事は更に続いた。
 目の前のバズが、変化し始めたのだ。そして、あっという間に一人の人間の姿に変わる。あの小さなバズが、なぜこんなに大きな人間になれるのか。
 信じられない現象の連続で、やや呆然としていたコリューンだったが、直ぐに気を取り直し追跡を開始した。バズが化けた人間は、しっかりとした体格の男のようだった。何故か衣類もちゃんと身につけている。変身の過程で体から服が「生えてきた」ように見えた。
「ファブレオ。ちょっと……。」
 その元バズは、何気なくファブレオに声をかけた。
「リチャードか。なんだ?」
 何事も無いように返事を返すファブレオ。
 そのまま二人は足早に、ひと気の付かないところへ移動した。ファブレオに先ほどの事を伝えようか迷っていたコリューンは、結局何も出来なかった。
 そして、巻かれてしまった……。






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June 02, 2007

第5回リアクション E1 S−2


 S−2 明日に向って撃て!

 寄宿舎の一階は学食になっており、そこは食事の場としてだけではなくサロンの役割も担っていた。ミアとコリューンはこの食堂で、噂話に花を咲かせていた。
「ねえ、『ゆりかご塔の開かずの間』って、まだありました?」
 言葉遣いは丁寧だが、行動は然程丁寧ではないコリューン。好奇心は旺盛な方だ。
「あーあったあった。《アグリコラ》の人たちも、ミアたちを近づけないようにしてたっけ。」
「あれ、何があるんですかね?」
 この手の不思議な話は、この学院ならばゴロゴロしている。大抵は「魔法でした」という落ちなのだが。
「さぁ……塔の主、とかいたりして? ね、コリューンちゃんは今日何してたの?」
 逆に質問するミア。
「ファブレオさんに付け回っているバズを調べようとしてたんですけど……。」

 《アルカディアにもいるもの》の学生、ファブレオ・アントニオは、先週から正体不明のバズに付きまとわれていた。それを聞いたコリューンは調査を引き受けたのだった。
「ファブレオさん、そのバズに追われる理由って心当たりないです?」
 聞きにくいこともずばずば言う。
「さあね。怪異に好かれる体質だったとは、この23年間気づかなかったよ。」
 ファブレオは冗談めかして答える。
「本当に心当たりは?」
「無いな……。」
 ちなみに同流派とは言え、ファブレオとコリューンでは師匠が違う。コリューンはテオフラストの弟子で、ファブレオはエリクシール・パルヴスの弟子だ。この一事だけで、普段顔を合わせる機会は違ってくると言うもの。それ程面識の無いコリューンには、彼が嘘をついているのかどうかまでは計りかねていた。
「じゃあ……そのバズ、使い魔にされたがっているっていうことは無いですか?」
「おいおい、そりゃないだろう。私は《怪異学派》じゃない。」
 一言で否定される。確かに怪異を使い魔にする事が出来るのは《怪異学派》の魔術師たちだけだろう。
「それに、使い魔にされたがる怪異なんているのか? まあ、それ程怪異には詳しくないんで分からないけどな。」
 そう言ってファブレオは飲み物を口にする。紫色をした奇妙な飲み物だ。
「では、怪異に堕ちた魔術師で、何か訴えかけようとしてるとか。」
 コリューンが別の推論を述べる。
「なるほど。色々考えているんだな。」
 少し感心してみせる。
「だが、怪異に堕ちた者ってのは、既に自我が失われているものなんじゃないか? これも、《怪異学派》の奴らの方が、詳しいとは思うがね。」
 次々とファブレオに反論される。コリューンは少し、短めの髪をかきあげた。
「まあ、とにかく色々調べてみます。例のバズはどこに?」
「そりゃ頼もしいな。バズなら……ほら、あそこでこっちを見てる。」
 ファブレオの指差した先、食堂の隅に例のバズがいた。こちらの様子を観察していると言う感じだ。
「こっちはこっちで忙しいんでね。あんなのに構ってる暇は無い。」
「何かあったんですか?」
「トックの大一番があるし……サイス・マリナス助手の件もあるしな。」
 サイス・マリナスの件とは、《怪異学派》の助手であるサイスが、トックを喉に詰まらせて死亡したという事件の事だ。
 トックの練習があるので、とファブレオは席を立った。その後をバズが追いかけていく。コリューンはその様子を目で追った。

「……という訳で、まだ大した情報はないんですけど。」
「へぇ……なんか面白そう♪」
 ミアにとっては十分興味をそそる話だったらしい。
「で、他には?」
「他にって……寄宿舎を騒がせてる怪異とか追ってみようかと思ってます。」
「あーそれも面白そう♪ ミアも手伝っていい?」
「駄目でしょう。まだまともに魔法も使えないんじゃ、足手まとい。」
「え〜コリューンちゃんのけち。」






08:28:34 | hastur | comments(0) | TrackBacks