January 22, 2007

第3回リアクション E2 S−1


丘 (The Hill)



 小高い丘には、黒くて丸いものがいくつも転がっていた。
 それが、トックに似ている事も、トックとは異なる事も詳しいものならば分かるだろう。
 その丘は昔々、コリアエの防衛拠点だったという。召喚術士たちとの戦いでは、この丘での奇跡的な勝利をきっかけに、その後の戦局を有利に進める事が出来た。故に、この地は奇跡の丘と呼ばれる事となった。
 今、奇跡の丘は、大量のトックもどきが蹂躙している異様な光景に包まれていた。


 S−1 奇跡の丘

 《アルカディアにもいるもの》のグレイ・アズロックは、師匠のテオフラスト・パラケルススを訪ねていた。
「先生。課題についてちょっと……。」
「何じゃ? もう捕まえてきたのか?」
「いえ。トックもどきの習性など教えていただけたらと。」
「そんな事が必要かの? 爆発する事以外はトックに準ずるが。」
 テオフラストは首を傾げる。今日も愛用の杖は、しっかりとその手に握られている。
「何故、トックもどきの位置が特定できたのかと思いまして。」
 グレイには、先週テオフラストがトックもどきの居場所を事も無げに断定した事が疑問だったようだ。
「ああ、あれか。トックもどきの習性の一つに『ピクニック好き』というのを加えておっただけじゃ。」
「……え?」
 特有の、しれっとした口調で種明かしをするテオフラスト。
「どうじゃ? 参考になったかの?」
「は、はい……。」
 その場を離れるグレイ。あまり有用な情報とは言えなかったようだ。

 その後グレイは、自分の部屋で人工生命を作り始めた。トックもどきを運搬する為のものだ。
「よし、こんな感じかな。」
 出来上がったのは、大き目の籠に足が四本生えているだけの奇妙な生き物だった。以後、「カゴアシ(仮称)」と表記する。
 それをベッドの上から眺めていた、同室のザイクロトル・オークラノスは、
「また変なもの作って……。」
 とだけ感想を述べた。





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January 10, 2007

第3回リアクション E1 S−3


 S−3 動く標的

 金曜日の放課後、レビィとレイリアは、半ば強引にトトを教室に引き止めていた。
「何? トックの練習があるんだけど。」
「まぁいいから話を聞けよ。」
 兄弟子に当たるレビィが、少し凄みを湛えさせた翠色の瞳で睨みを利かす。
「みんなトト君の事を心配しているのよ。」
 レイリアも温和な態度を崩さないながらも、それに同調する。
「心配って……そんな、心配されるような事、僕した?」
「してるじゃないか。急に授業をボイコットしたり、トックの調子を落としたり。悩みがあるなら言えよ。」
「そんな事、誰だってあるんじゃない? 別に悩みなんかないし。」
 トトは飽くまで白を切るつもりのようだ。あるいは、本当に何でもないのか。
「いえ、以前のトト君だったらあんな事絶対しません。だって、あんなにパルヴス先生の事、尊敬していたじゃない。」
 レイリアは負けずに言い返す。
「あなた……本当にトト君?」
「な、何言ってんだよ。僕はどうしようもなく、紛う方なく、息も吐かせぬ程、トト・メタリカだよ!」
 ここで初めて動揺の色を見せたトト。言ってる事も支離滅裂だ。
 その時、学院の外の方から、大きな声が聞こえた。
「おぉーい! トト・メタリカが監禁されていたぞー!! 誰かいないかー!」
 レビィとレイリアは、耳に入るその言葉の意味を理解するのに二呼吸ほどかかった。
 そして、先に動いたのはトトだった。
「ちっ、ばれちまったか。」
 そう言うと、二人から距離をとり、何やら唱え始める。二人とも聞いた事のない詠唱だった。
 するとトトだったものは、見る見るうちに猛禽類へと姿を変え、そのまま飛んで逃げていった。
「……あ、待てっ!!」
 ようやく我に返ったレビィが後を追いかける。レイリアも後に続く。
 しかしながら、人間の足と鳥の翼では勝負にならず、ぐんぐん距離が広がっていく。鳥は廊下を速度を上げながら飛び、寄宿舎方面の出口へと向かっていった。
 走りながらも魔法で何とかしようとする二人だったが、走りながら、という実践的なシチュエーションに慣れておらず、なかなか上手くいかない。また、攻撃的な基礎魔術を会得していなかった事も災いした。この時ばかりはトックプレイヤー達に尊敬の念を抱かずにはいられない二人だった。
 気づけば、自分たちの後を追いかけるように駆けてくる人物がいた。
「そこの二人! 廊下は走らないように!」
 頭だけ後ろに向けると、三人の学生が走り寄って来ている。
「あの鳥を追っているんです! 事情は後で説明します。」
「あれを捕まえりゃいいんだな。兄貴、イルマ、変身だ!」
「え〜あれ、やるのぉ?」
 よく見ると三人とも、腕に大きなブレスレットをしているのが分かる。
「チェンジ! ヘクサリオン!!」
 三人が声を合わせるように叫ぶと、眩い閃光が走り、一瞬の後に全身甲冑姿になる。
「あれ、ヘクサリオンよ……。」
 風紀委員会特殊部隊ヘクサリオン。ヘクサリオンスーツと呼ばれる特別な装備を与えられた、風紀委員会の精鋭だ。
 そうこうしている間に、鳥は点でしか認識出来ないほどに離れて行っている。
「食らえ! ブルー・ウェイヴ!!」
 三人のうち、青い甲冑に身を纏ったヘクサリオンが両手を前へ突き出す。すると、凄まじい勢いで水流が鳥に向かって飛んでいく。
 しかしながら、鳥は既に校舎の外にまで達し、高度を変えて水流をかわし消えてしまった。
「ちっ、外したか……。」
「まだ、錬度が足らんな。」
「お兄ちゃんがわざわざ立ち止まって、変身なんかするからじゃない。」
 ヘクサリオンはちょっとした内紛状態のようだ。

 鳥を追い、校舎の外までやってきたレビィとレイリアだったが、既にその姿は見失っていた。
 ヘクサリオンの三人には事情を説明し、鳥の捜索を共にすることになっていた。
 暫く校舎の周りを歩き回っていると、先ほどの声の主と思える人物と会う事が出来た。彼らは四人の集団でこちらに向かっている。
 一人は《怪異学派》インタ・スタアゲの弟子、ザイクロトル・オークラノス。17歳の上級生で、先ほどの声は彼によるもの。
 一人は《怪異学派》ユゴアタ・ディーラの弟子、デイン・ガリシュ。19歳の受験生。彼はレイリアの顔見知りで、先日のニコラウス・ディーラの特別授業でも顔を合わせている。
 一人は同じく《怪異学派》ユゴアタ・ディーラの弟子、リクト・マイウェル。17歳の上級生。
 最後の一人は《アルカディアにもいるもの》イフオブ・サンクッパーの弟子、デスオ・タカサキシン。20歳の受験生。
「この辺りに鳥が飛んでこなかったか?」
 レビィが四人に向かってそう尋ねた。
「ああ、何か猛禽の類だと思うが、確かに飛んできたぜ。あれはいったい何だ? コリアエじゃあ見ないタイプのような気がするんだが。」
 ザイクロトルが答える。
「さっきまでトトの姿だったんだよ。でも、今目の前にいるのは、確かにトトだよな。」
 少し離れたところに、ボロボロにやつれたトト・メタリカと、それを介抱する《怪異学派》助手、エカテリーナ・クレモアの姿が見えた。
「トトは、旧貯蔵庫に閉じ込められていたんだ。……どういうことだ?」
「鳥はどこへ?」
 四人が同時に指差して答えた。
「教諭塔に入っていったんじゃないのか? 確か、あの辺りに……。」
 その先には三つの窓が確認できた。一番左が《怪異学派》のインタ・スタアゲ学部長、一番右が《契約者》カッシータ・カリピアーナ学部長の部屋だ。その間の部屋は長らく空室だったが、現在は《アルカディアにもいるもの》のニコラウス・ディーラ助手が使用している。
「あの三つのどれかに……。」
 レイリアは誰かに話しかける訳でもなく、小さく呟いた。
 鳥は安全を求めて、教諭塔に飛び込んだのか? あるいは飛び込んだ先の部屋の主に、捕獲されてしまったのか?
 いずれにせよ、命がいくつあっても足りないような三択問題のように思わずにはいられなかった。





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