August 07, 2006

第9回リアクション E3 S−1


 ある希望に関する物語・C


 いい人にあえるといいね
 いいところにいけるといいね
 いいものにふれられるといいね
 いいことができたらいいね
 いいまいにちだといいね
 いい人を好きでいたいね
 いい人に好きと言われたいね
 いい人にあえるといいね
 いいひとたちと生きれたらいいね
 ほんとに
 そう思うよ


 S−1 外のふくらみ

 その晩、ルア達は村長さんの計らいで、宿屋に泊まることになった。
 リンプさんは……クォリネさんと呼ぶべきなのかも知れないが……彼女はわたしと一緒に村長さんの家に泊めてもらうことになった。

 わたし達は館を出たその日、村の人たちの質問責めにあっていた。今まで誰も入ったことのなかったあの館の事に、村人たちは興味津々のようだった。
 代わりに村人たちは、外の事件のことを教えてくれた。
 色んなことを聞いたが、一番驚いたのはリュミエールとオクターブの話だった。
 リュミエールが独立したと言うのだ。しかも王都ではこれを受けて、王都にいるエルフを投獄しているという。さすがに王都の影響の少ない、ここではそんなことは行なわれていないが……。
 リュミエールが独立。フラニスと再び戦争が起きる……かも。リンプさんはどうするのでしょう?
 だが、彼女はどこ吹く風という感じだった。
 私はリュミエールで生まれたわけでも、育ったわけでもない。エルフとして生まれてきたけど、魔法を放棄した時点でエルフ族とは何の関係もないつもりです。
 雪の積もりつつある風景の中で、彼女はさらりと言って退けた。

 一方、オクターブの方の話は無茶苦茶だった。オクターブの街が空に浮かんだと言うのだ。
 こんな僻地ではその噂の裏を取る術がないのでなんとも言えないが、他にも自治や西部の国土の管轄を認めさせたとか、とにかく途方もない話が次から次へと出てきた。
 わたし達はそんな信じられないような話を、ただ首を縦に振って聞き入ることしか出来なかった。
 その中でも、歌のネタに……ということで、わたしは熱心にそれらの話を聞き入っていた。
 そして村の中央の広場は、噂話のるつぼになっていた。わたしはこの情報の隔たりに戸惑いと不可思議を感じずにはいられなかった。
 雪はまだ、止む気配はない。

 暫くすると、わたしの隣にいたリンプさんが私に耳打ちをしてその場を離れた。
 ちょっと忘れ物を取ってきます。
 そう言って彼女は森の方、館の在った方へ向かった。
 ジェイルがお腹空いたな…、と漏らした頃、やっと広場の人々はそれぞれの家へと帰り始めた。ジェイル達はわたし達にじゃ、また明日、と声をかけて、村長さんの用意してくれた宿屋へと入っていった。わたし達も村長さんの家へ入った。
 わたしとリンプさんが中に入ると、そこにはないはずのものが在った。それはアコーディオンだった。かなり痛んでおり、白い鍵盤が二三個欠けていたが、ちゃんと音は出るようだった。
 さっき取りに行ったのはこれのことだったみたいだ。
 これから私は全く別の世界を歩く……でも、今までを切り離すことは出来ない。それを繋ぎ止めるために、私はこれを奏でるんです。
 リンプさんは優しい笑顔でそう説明した。その笑顔は今まで見たことのない、明るい笑顔だった。
 食事が出来てますよ。
 奥の方から奥さんの声がする。わたしたちは村長さん達の待っている食卓へ向かい、夕食をご馳走になった。
 どうするんだ? これから。
 おじさん、まだまだ歌を聞かせてくれるよねっ
 村長さんに訪ねられ、娘さんにせがまれる。
 わたしはまだこの村の事を歌ってません。……村が全快するまで、暫くやっかいになりますよ。
 それがわたしの本音だった。
 その間に、ナー君と仲良くなれるといいね。
 娘さんは嬉しそうにそう言ってくれた。

 ふと、目が覚めた。
 窓の外は暗かったけど、雪はもう止んでいるみたいだった。少し目線を上に上げると、星がちらちらと見えた。そして宿屋の屋根の上に誰かがいるのが分かった。
 付き合いましょうか?
 後ろから声を掛けられる。リンプさんだった。彼女も目が冴えてしまったらしい。
 えぇ、行きましょう。
 わたしたちはそれぞれの楽器を手にし外に出た。
 わたしたちは宿屋の下まで来ると、楽器を鳴らし始めた。特に打ち合わせたわけでもないが、私がリュートでコードを、リンプさんがアコーディオンでメロディを弾いた。リンプさんはわたしのコードから上手にメロディを拾ってくれる。
 何回かリフレインして、形が整ってきた。その緩やかな曲は広い外の世界にマッチしていた。わたしはその曲に乗せて、朗々と歌い始めた。


 運命について考える
 それは抗えないもの だけど変えられるもの
 月と運命の関係は

 選択について考える
 それは迷うもの だけど必要なもの
 館と選択の関係は

 責任について考える
 それは重いもの だけど譲れないもの
 鳥籠と責任の関係は

 親子について考える
 それは難しいもの だけど暖かいもの
 獣と親子の関係は

 殺人について考える
 それは許せないもの だけど贖えるもの
 音楽と殺人の関係は

 愛について考える
 それは欲しがるもの だけど与えたいもの
 星と愛の関係は

 告白について考える
 それは凛々しいもの だけど躊躇うもの
 童話と告白の関係は

 過去について考える
 それは拭いたいもの だけど覚えているもの
 時計と過去の関係は

 孤独について考える
 それは生み出されるもの だけど消え去るもの
 煙草と孤独の関係は

 希望について考える
 それは儚いもの だけど輝くもの
 ケーキと希望の関係は

 十のことを考える 十の答えを持ち続ける
 十の路があるけれど 十の最後は希望だよ


 歌が終わるとわたし達は梯子を登って屋根の上に上がった。
 本物の星はいいですね。
 リンプさんはそんなことを口にしてルア達の横に腰を下ろした。
 なぁ、あたい達はこれから旅に出るんだけど、リンプも一緒に来ないか?
 そうしようよ。僕は色んなものをリンプさんに見てほしいんだ。きっとリンプさんの、自分のやりたいことが見えるはずだよ。
 ジェイル達の誘いに彼女は、
 ではご一緒させていただきます。ルアフォート……ジェイリーア……よろしくお願いします。
 はにかんでそう答えた。
 ラグさんも一緒だと心強いんだけど。
 ん、誘ってくれてありがと。でもわたしはここに残ります。わたしはここで得たものが余りにも多い。それを還元するまではクォリネに居ますよ。
 わたしは弦を一つ弾いてそう言った。

 夜が明けるとリンプさん達は旅に出る。
 ジェイルは視野を広げるために。
 ルアは全ての星を見るために。
 そしてリンプさんは外を満喫するために。





08:18:15 | hastur | comments(0) | TrackBacks