June 01, 2006

第9回リアクション E1 S−1


 ある希望に関する物語・A


 いい人にあえるといいね
 いいところにいけるといいね
 いいものにふれられるといいね
 いいことができたらいいね
 いいまいにちだといいね
 いい人を好きでいたいね
 いい人に好きと言われたいね
 いい人にあえるといいね
 いいひとたちと生きれたらいいね
 ほんとに
 そう思うよ


 S−1 僕達の十戒

 その晩、僕達は村長さんの計らいで、宿屋に泊まることになった。その宿屋は以前僕とジェイルが泊まった時とは形状が大きく異なっていた。
 一度折れてしまった柱や板を再利用して、なんとか営業できる程度まで修復したという感じだった。やはり、あの時のヌーの被害は大きかったみたいだ。
 でも宿屋のご主人や従業員は以前と変わっていなかった。みんな無事に逃げることが出来たみたいだった。
 僕達には大部屋を二つ用意してくれていた。一つは僕とセリア用、もう一つはジェイルとジェイルの家族用だった。
 リンプさんは……クォリネさんと呼ぶべきなのかも知れないけど……彼女は村長さんの家に泊めてもらうようだった。ラグさんも同じみたいだった。

 僕達は館を出たその日、村の人たちの質問責めにあっていた。今まで誰も入ったことのなかったあの館の事に、村人たちは興味津々のようだった。
 代わりに村人たちは、外の事件のことを教えてくれた。
 色んなことを聞いたけど、一番驚いたのはリュミエールとオクターブの話だった。
 リュミエールが独立したと言うのだ。しかも王都ではこれを受けて、王都にいるエルフを投獄しているという。さすがに王都の影響の少ない、ここではそんなことは行なわれていないが……。
 リュミエールが独立。フラニスと再び戦争が起きる……かも。リンプさんはどうするのだろう?
 でも、彼女はどこ吹く風という感じだった。
 私はリュミエールで生まれたわけでも、育ったわけでもない。エルフとして生まれてきたけど、魔法を放棄した時点でエルフ族とは何の関係もないつもりです。
 雪の積もりつつある風景の中で、彼女はさらりと言って退けた。

 一方、オクターブの方の話は無茶苦茶だった。オクターブの街が空に浮かんだと言うのだ。
 こんな僻地ではその噂の裏を取る術がないのでなんとも言えないが、他にも自治や西部の国土の管轄を認めさせたとか、とにかく途方もない話が次から次へと出てきた。
 僕達はそんな信じられないような話を、ただ首を縦に振って聞き入ることしか出来なかった。
 その中でも、歌のネタに……ということだろう。ラグさんは熱心にそれらの話を聞き入っていた。
 そして村の中央の広場は、噂話のるつぼになっていた。僕はこの情報の隔たりに戸惑いと不可思議を感じずにはいられなかった。
 雪はまだ、止む気配はない。

 ふと気づくとリンプさんがいなくなっていた。一番彼女の近くにいたラグさんに聞くと、忘れ物を取りに行くと言っていたそうだ。
 ジェイルがお腹空いたな…、と漏らした頃、やっと広場の人々はそれぞれの家へと帰り始めた。僕達はラグさん達にじゃ、また明日、と声をかけて、村長さんの用意してくれた宿屋へと入った。
 宿屋ではジェイルのお母さんが腕を振るっていた。部屋に入るなり美味しそうな匂いがして来て、僕は更に空腹を覚えた。
 そう言えばこの数ヶ月、ずっとジェイルの料理を食べていた。他の人の料理を食べるなんて久しぶりだった。
 テーブルの上には食べ切れないほどのご馳走が、所狭しと並べられていた。その中央をウサギの丸焼きのようなものが占領していた。
 この地方ではお祝い事がある時に、ドモスを食べる習慣があるのよ。
 ジェイルのお母さんがそう説明してくれて、僕は例のケーキのことを思い出した。きっとジェイルも同じことを考えていたのだろう。僕達は思わず目を合わせて、意味ありげに頷いたりした。
 それを見ていたセリアが冷やかすように喋る。
 兄さん達、館の中でも仲が良かったみたいだね。
 ば、ばかっ。
 僕は言葉に詰まってしまった。横ではジェイルがちょっと顔を赤らめていた。
 その様子に、みんなが笑い始めた。僕は久しぶりに団欒という言葉を思い出した。

 部屋に戻ると、セリアが今までのことを話し始めた。セリアはジェイルの弟のウォレンと一緒に、この村に僕達を捜しにやってきたらしい。
 村はヌーの所為でぼろぼろになっていて、復旧作業を手伝いながら館に入る方法を探していたそうだ。その時に出会ったラグさんの協力も大きかったと、セリアは話してくれた。
 一時期、ウォレンが状況を王都にいる家族に知らせるために戻り、村長さんとラグさん達が食料を調達するために遠いメイシャ村まで出掛けて、クォリネを空ける時があった。
 その時村の留守を守ったのがセリアだったそうだ。僕はそんな弟を少し誇らしく思ったのと同時に、ずいぶん父に似てきたな、などと考えていた。
 明日の朝には王都に帰るんでしょ?
 弟はそれが当然のように問いかけてきた。
 ……ごめん、帰らない。僕は星を見て回る旅に出たいんだ。だから学院も辞める。
 それに、リンプさんにこの世界のことをいっぱい見せてあげたい。
 驚いた様子でセリアは聞き返す。
 じゃ、いつ帰ってくるの?
 ん……夢が叶うとき、かな?

 その晩僕は夢を見た。それはいつものおとぎ話だった。
 その晩の夢はどこかはっきりしていた。今まで見ていた夢はどこか不安定に揺れていたし、結末もいつもあやふやだったけど、その晩は全てがはっきりしていた。
 主人公の男の子は僕で、女の子はジェイルだった。僕達は森に迷った挙げ句、お菓子の家に辿り着く。
 中には白髪のおばあさんがいて、僕達にウサギの形をしたケーキを出してくれる。
 そして僕達と暖かな談笑を交わしている間に、おばあさんは白い乙女に変わってしまう。
 白い乙女は悪い魔法使いに呪縛の呪文がかけられていて、優しい子供に合わないと元に戻れなくされていたらしい。子供をおびき寄せるためにお菓子の家をつくったとも話してくれる。
 僕は友人達に聞いたいくつもある結末よりも、この結末が一番ふさわしいと思った。

 ふと、目が覚めた。横ではまだセリアが寝息をたてている。
 窓の外は暗かったけど、雪はもう止んでいるみたいだった。少し目線を上に上げると、星がちらちらと見えた。
 僕はいてもたってもいられなくなって、上着をつかんで外に出た。
 僕はあの時と同じように宿屋の屋根に登った。星はあの時よりは遠く見えたけど、それでも館の四階にあった星よりは神々しかった。
 暫く眺めていると、下の方からガタガタと音がした。屋根の端を見ると梯子がかかっている。そして顔を現わしたのはジェイルだった。
 僕はジェイルに手を貸して、屋根の上に招待した。
 見える? 冬の星座。
 うん、よく見えるよ。
 長い沈黙……僕は星の配置を思い出しながら、夜空を凝視し続ける。その沈黙を破ったのはジェイルの方からだった。
 あたい、家を継ぐことにしたんだ。それで、旅に出てみたいな、なんて考えてる。あたい、リンプと同じなんだよ。まだまだ世界のことを知らない。当主としての視界は、全然なんだ。
 ジェイルの鳶色の眼はしっかりと未来を見据えているようだった。
 僕も旅に出ようと思ってる。今度は世界中の星を記録したいんだ。……ジェイル、一緒に歩かない?
 当然。
 彼女は笑って即答する。

 気づくとどこからか音楽が流れてきた。最初は滑らかなリュートの音、そしてそれに合わせるように、アコーディオンの音が重なってきた。
 下を見ると、何時の間にかラグさんとリンプさんがやってきて、演奏を始めていた。リンプさんは少し痛んだアコーディオンを奏でる。言っていた忘れ物ってこれのことだったようだ。
 緩やかな曲は広い外の世界にマッチしていた。ラグさんはその曲に乗せて、朗々と歌い始めた。


 運命について考える
 それは抗えないもの だけど変えられるもの
 月と運命の関係は

 選択について考える
 それは迷うもの だけど必要なもの
 館と選択の関係は

 責任について考える
 それは重いもの だけど譲れないもの
 鳥籠と責任の関係は

 親子について考える
 それは難しいもの だけど暖かいもの
 獣と親子の関係は

 殺人について考える
 それは許せないもの だけど贖えるもの
 音楽と殺人の関係は

 愛について考える
 それは欲しがるもの だけど与えたいもの
 星と愛の関係は

 告白について考える
 それは凛々しいもの だけど躊躇うもの
 童話と告白の関係は

 過去について考える
 それは拭いたいもの だけど覚えているもの
 時計と過去の関係は

 孤独について考える
 それは生み出されるもの だけど消え去るもの
 煙草と孤独の関係は

 希望について考える
 それは儚いもの だけど輝くもの
 ケーキと希望の関係は

 十のことを考える 十の答えを持ち続ける
 十の路があるけれど 十の最後は希望だよ


 歌が終わるとリンプさん達はジェイルのかけた梯子を登って屋根の上に来た。
 本物の星はいいですね。
 リンプさんはそんなことを口にして僕達の横に腰を下ろした。
 なぁ、あたい達はこれから旅に出るんだけど、リンプも一緒に来ないか?
 そうしようよ。僕は色んなものをリンプさんに見てほしいんだ。きっとリンプさんの、自分のやりたいことが見えるはずだよ。
 僕達の誘いに彼女は、
 ではご一緒させていただきます。ルアフォート……ジェイリーア……よろしくお願いします。
 はにかんでそう答えた。初めて僕達のことを名前の方で呼んでくれた。そして最後の言葉は自分の両親に向けて言ってるみたいだった。
 ラグさんも一緒だと心強いんだけど。
 ん、誘ってくれてありがと。でもわたしはここに残ります。わたしはここで得たものが余りにも多い。それを還元するまではクォリネに居ますよ。
 ラグさんは弦を一つ弾いてそう言い残した。

 夜が明けると僕達は旅に出る。
 僕は全ての星を見るために。
 ジェイルは視野を広げるために。
 そしてリンプさんは外を満喫するために。

 僕がここに来て一年が経った。あるいは一日が経った。
 そしてこれが終わりではなく始まりであることも知っていた。





08:22:12 | hastur | comments(0) | TrackBacks