May 10, 2006

第8回リアクション E1 S−2



 S−2 開放の代償

 一階にはリンプさんが待っていた。手には例の羊皮紙が握られていた。
 どうやら上手くいきそうですよ。
 彼女の顔からは喜びが見えた。僕達は荷物を背負い、ここから出る準備を済ませていたが、彼女は着の身着の儘だった。
 やがて揺れも少なくなり、視覚も元に戻ってきた。不意に入り口の扉がかちりと音を立てた。
 遂に扉が開放された。その瞬間だった。

 外は夜だった。丁度満月が空にあり、その月光で周りを明るく見ることが出来た。
 肌寒く、季節は冬のようだった。僕とジェイルが館に入ったのは春だったので、三つ季節を飛び越した感覚だった。
 久しぶりの外の空気と景色を満喫した。色んな解放感が一遍にやってきた。
 リンプさんはといえば、周りのものを珍しげに観察していた。それは壁と天井がない空間と生まれて初めて出会い、感動しているように見えた。
 そして月を眩しそうに見上げていた。
 明るいですね。あれが太陽ですか?
 違うよ、あれは月。太陽はもっと明るいよ。
 あれ以上に……ですか?
 間違えるのも無理ないのかも知れない。月明りだけでも、館の中の灯の数倍は明るいのだから。

 しばらくすると館が崩れ始めた。その役目を終え、維持の魔法を放棄したのだろう。徐々に崩れていく白い館を僕達は少し離れたところで眺めていた。
 そして瓦礫の山になったとき、なぜか土煙の中に微かにケーキを焼くときの香ばしい匂いがした。
 館がなくなると、景色が変わった感覚を覚えた。その原因は頭上にあった。
 あれだけ近くに感じられていた星空が、少し遠くなった気がするのだ。これでは他の街や村から眺める星空と変わらなかった。館と星空……どこに関連があったのだろう。
 クォリネの上空には雲が覆うことはないし、鳥が飛ぶこともない。そう聞いていたが、館がなくなってからさっきまではクォリネを避けていた雲が、僕達の上にもやってくるようになっていた。
 更にジェイルの青い鳥が、飛び立った。鳥は月に向かって飛んでいってるようだった。それはリンプさんの両親の魂を、月まで届けてくれているようだった。

 あれ? クラヤミは?
 ジェイルが声を上げて、僕もやっと気がついた。そう言えばクラヤミが出てきていない。
 逃げ遅れて下敷きになったのかなぁ?
 ……今考えると、クラヤミなんて元から居なかったのかも知れませんね。
 リンプさんがぽつりと漏らした。そう言えばリンプさんとクラヤミが一緒に居るところを見たことがない。もしかすると、クラヤミはリンプさんの分身だったのかも……彼女の孤独が生み出した幻影だったのかも知れない。
 孤独から開放されたリンプさんには、もうクラヤミは必要ない。




08:28:02 | hastur | comments(0) | TrackBacks