December 06, 2006

第2回リアクション E1 S−3


 S−3 夕なぎ

 そんなこんなでアデイの介抱をすることになったレビィだったが、背負っているアデイに関してまた疑問を抱いた。自分と比べて殆ど同じ体格のアデイだが、担いでみると異様に軽いのだ。
 そういうこともあり、比較的体力に自信のないレビィでも保健室までの道程は険しいものではなかった。普段ならば、何らかの魔法を使って楽をするところだ。
 ベッドにアデイを寝かせると、軽く診察を行う。診たところ、軽い貧血のようだ。
 『癒し』の魔法を施し、しばらく様子を見る。
 アデイが目を覚ます頃には、日が暮れようとしていた。
「君が治療してくれたんですね。ありがとうございます、レビィ君。」
 ベッドから半身を起こし、礼を述べるアデイ。
「いえ、保健委員として当然のことで。それより、アデイさんに聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「ええ、なんなりと。」
 まだ体調が優れないのか、青白い顔だ。それでも笑みを浮かべ、答えを返す。
「下界ではどんな事をしてきたのですか? 何か面白い話とかあったらお聞かせ願いたいのです。」
 好奇心に満ちた翠色の眼で、レビィは尋ねる。
「その話ですか……困りましたね。期待に応えることは出来そうにありませんね。師に口止めされているんですよ。」
「パラケルスス師に、ですか?」
 先週、インザーラに断られたのと同じ展開だ。それでは、とレビィは切り口を変えてみた。
「では、師匠のこととか、学生時代の話とかお願いします。」
「それなら……師匠、パラケルスス師は昔からとても優れた魔術師でした。魔術師としてだけではなく、人間的にも素晴らしい方です。いずれは学院長となられ、コリアエに繁栄をもたらすことでしょう。」
 賞賛の嵐だ。レビィには『変人』としか映らないが。直弟子となると見る角度も違うのだろうか?
 それよりも、本を朗読したような淡々とした口調に切り替わったのに、何か引っかかるものを感じた。
「学生時代は、特に大きな出来事もなく平々凡々としたものでした。私たちの世代は不作だったみたいで、それ程名の知れた魔術師も出ていません。」
 変わらない口調で続けるアデイ。
 何か釈然としない。何だ……?
「あっ、もう夕方ですか? 寄宿舎の仕事があるので、これで失礼しますよ。」
 アデイはふらつきながらも、保健室を出て行った。

 それとほぼ同時刻、グレイは自分の部屋で『作品』の仕上げにかかっていた。
「先輩。それ、トックかい?」
 同室の学生が声をかける。《怪異学派》のザイクロトル・オークラノスだ。グレイから見ると二歳年下で、先日噂の『足』の怪異を捕まえたという時の人である。
「これがトックに見えるなら、ほぼ完成と言ってもいいですね。」
 《怪異学派》の人間が見間違うくらいならば、目標は達せられたと言える。グレイはテオフラストのトックもどきを参考に、自分なりのトックもどきを創っていたのだ。
 性能はテオフラストのと然程変わらない。しかし、グレイのそれは、本物のトックと同じ大きさをしていた。
「これは私の創った人工生命体ですよ。怪異ではありません。」
「へぇ〜。《アルカディア》ってのは器用だねぇ。そんなもんまで創れるんだ。怪異に見えて怪異にあらず、か。」
 ザイクロトルが感嘆の声を上げる。そして数瞬後、黙考し始める。
「そうか、そうか……その可能性も有るよな。」
「?」
 一人で勝手に納得しているザイクロトルを尻目に、グレイは出掛ける準備をする。
「ちょっと出掛けてきますよ。直ぐに帰ってきます。」
 グレイは手に簡単な魔法をかけて、自作のトックもどきを持ち上げた。行き先は、Cリーグのトック置き場だ。

 これまたほぼ同時刻、寄宿舎の厨房にはレイリアが佇んでいた。
「インザーラさん、どうしたのかしら……?」
 レイリアは、今日はインザーラが料理当番と聞いて、わざわざ志願してここに来たのだ。
 しかし、幾ら待っても当のインザーラが姿を見せない。
「折角、下界の話を色々聞こうと思ってたのに……。」
 そんな事をぶちぶち言っていると、誰かが厨房へ入ってきた。
 見ると、全身にアクセサリーをぶら下げている、赤毛の少女だ。
「あれ? インザーラ、まだ来てないの? 手伝いに来たのに。」
 あの格好で料理をするつもりかしら?
 レイリアはそんな事を思ったが、口にはしなかった。彼女は《契約者》ジータ・モラリスの契約精霊のアリシアだ。
「まだ来てないみたいよ。……で、手伝うって?」
「あ、あたしはデザート専門だけどねっ。」
 そう言うと、アリシアは勝手に作業を始めた。馬鹿でかい皿を持ってきて、フルーツ類も山のように積み上げる。
 そしてどこから持ってきたのか、大量の氷を皿の上で削りだした。
「何作ってるの?」
「ミルクバナナフラッペよ。美味しそうでしょう?」
 名前だけを聞けば確かに美味しそうだ。しかし、量が半端ではない。
 しばらくすると皿の上に、フルーツがあちらこちらに突き刺さった氷の山が出来上がった。標高約300mm。
「さ〜て、今日は登頂(完食)する人、出てくるかしら。でも、単独登頂(一人で完食)じゃないと男らしくないわよね。アタック隊を組んだり(複数人で食べたり)、ビバークする(途中で休憩する)なんて邪道よっ。」
 アリシアはそんな謎だらけの台詞と氷山を残し、立ち去っていった。
 色んな意味で厨房の気温が下がった気がする。

 しばらくすると、やっとインザーラが姿を現した。
「遅れてすみませ……うわっ、何ですか、これは?」
 いきなり氷山を目の当たりにし、驚いてみせるインザーラ。
「さっき、アリシアさんが作っていきました。ミルクバナナフラッペ、らしいですよ。」
「……これ、単独登頂する人、いるんですかね……。」
 よく見るとインザーラの顔色は悪い。元々、色が白く不健康な印象が強いのだが、今はそれに輪をかけて不調そうだ。目の前のフラッペのせいかも知れないが。
「さ、調理、始めましょうか。」
 それを合図に、いつもより遅い夕食作りが開始された。レイリアは邪魔にならないように、その長い黒髪を後ろでまとめた。インザーラの金髪は、もともとミディアムの長さなのでそのままだ。
 手を動かしながら、レイリアはインザーラに話しかける。
「インザーラさんは、下界で修行してきたんですよね? その時の話、聞かせてくださいよ。」
「レイリア、それは聞いても無駄だぜ。」
 いつの間にか背後にはレビィがいた。氷山の山頂辺りをつまみ食いしている。
「どういうことです? レビィさん。」
「下界の話は師匠に口止めされている。そうですよね、インザーラさん。」
 レビィの言葉に無言で頷くインザーラ。
 レイリアは少しがっかりした。
「そんな……下界により良い『癒し』の術があったかどうか、聞いてみたかったのに。」
「そんなものはないよ。」
 また別の声が聞こえた。いつの間にかレビィの背後にトトが立っている。
「《アルカディアにもいるもの》の魔法は『癒し』に関しては最上位のものなんだ。下界にはそれ以上の『癒し』なんて存在しないよ。……つまり、下界じゃ治せない怪我や病気も、コリアエの魔術師なら治せるってことさ。」
 そんな事も知らないのか、という態度でまくし立てるトト。何故か、苛ついているようにも見える。
 確かにエリクリールの授業では、そんな話を聞いた。でも、実際に下界に行ったものならば、未知の魔術なりを見知っている可能性があるはず。そう思い、レイリアはインザーラに話を聞こうとしたのだ。
「あの……下界の話ならば、ニコラウス・ディーラ助手を訪ねた方がいいと思いますよ?」
 インザーラはそう、申し訳なさそうに一言付け加えた。

 一方、グレイとザイクロトルの部屋。
 グレイは例のトックもどきを、トックの中に紛れ込ませて帰宅していた。
「あれ? さっきのトックもどきは?」
「あるところに、ね。」
 ニヤニヤしながら答えるグレイ。この辺、師匠に似てしまったのかもしれない。
「それよりさ、こんな話聞いたことないかい?」
 ザイクロトルが別の話を振る。
「寄宿舎に夜な夜な『足』の怪異が徘徊していた、ってのは知ってるだろう? まぁ、あれは俺と《契約者》の下級生が一体ずつ捕まえたんだけどさ。それとは別に、夜になると外からうめき声が聞こえてくるんだってさ。」
 その話ならグレイも聞きかじっていた。
「確か……旧貯蔵庫の方から、という話でしたね。」
 旧貯蔵庫は、寄宿舎から少し離れたところにある洞窟で、今は誰も寄り付かない場所だ。貯蔵庫としては既に使われていないし、そこに至るまでの道には怪異や獣がよく出現する。旧貯蔵庫までの道は『危険な道』という俗称が付けられている。
「そうなんだよ。それが『足』や学院破壊魔と関連があるかどうかは分からないんだけどねぇ。」
 ザイクロトルは少しそのうめき声に、興味を覚えているみたいだ。
「それより……夕食、まだかな?」

 夕食はほぼ、完成していた。
「じゃ、それ、食堂に運んでください。レビィ君はそのフラッペを持って行ってください。」
「えぇ? これを……」
 トトやレイリアは、パスタやサラダを運び出している。インザーラは「別の用事があるので」と言い残し、厨房から去って行ってしまった。
 インザーラに聞いておきたいことのあったレビィは、後ろ髪をひかれる想いで厨房を後にした。





08:37:44 | hastur | comments(0) | TrackBacks