November 01, 2006

第1回リアクション E1 S−3


 S−3 怪談

 寄宿舎の食事は弟子や助手が交代で担当することになっている。中には常駐の担当という者もいるようだ。
 その日の厨房では、アデイ・チューデントが腕を振るっていた。大きな鍋を竈にかけ、練り物を作っている。
 そこに、グレイが入ってきた。今日の夕食の担当になっていたのだ。
「あ、グレイ君。今日は当番ですか?」
 小麦粉を練ったものを麺棒で伸ばしながら、アデイは声をかけた。
「はい、手伝いに来ました。これ、使ってもいいらしいですよ。」
 手に持っているのは肉の小さな塊を紐でくくり、数珠繋ぎにしたものだった。
「じゃぁ、それはヒレにしますか。」
「わかりました。」
 グレイは答えながら手早く大きめのパンを用意した。手馴れたものだ。
「アデイさんは何を作ってるんですか?」
「ああ、これですか? ビスケットです。スープもそろそろ出来るころですし、メニューはこれくらいでいいですかね。」

 ちなみに「ヒレ」も「ビスケット」も語源はラテン語である。
 ヒレはfilumが語源で「糸」という意味。一口分の肉を糸で縛ったところから来ている。ファイルfile「糸でつづる」、フィラメントfilament「糸状のもの」、プロフィールprofile「線を描く」は姉妹語だ。
 ビスケットはラテン語のビス・コクトゥス(bis coctus)が語源で、その意味は、ビス(2度)・コクトゥス(焼かれたもの)。昔は日保ちを良くするために2度焼いたパンをビスケットと呼んでいた。文中のビスケットはこちらを指している。

 閑話休題。
 料理の方も一段落ついた頃、グレイは先ほどの事を掘り返した。
「何で《アグリコラ》も知らなかったんですか?」
「……その理由は話す事は出来ないでしょうね。私が無知なだけ、と言っても信じてもらえないでしょうし。」
 歯切れの悪い返答をする。その表情は悲哀とも困惑とも読み取れる。竈の火を見つめる赤い瞳は、その赤さを更に増していた。
「そんなことより。」
 急に明るさを取り戻し、話題を変えるアデイ。
「寄宿舎に怪異が現れたって話、聞きました? 既に捕まえているみたいなんですけど、『足』の形をした怪異なんですって。私も見てみたかったなぁ……」
「その話なら聞きましたけど……まだ夜中に学院のあちらこちらを壊し回ってる怪異は見つかってないみたいですよ。あ、犯人が怪異かどうかも分かってないみたいですけど。」
「じゃ、その犯人を捕まえてみましょうかね? 実に興味深いです。」
 結局、話をはぐらかしているのか、本当にその怪異に興味があるのか……グレイはその判断に迷った。



08:39:38 | hastur | comments(0) | TrackBacks