November 24, 2006
第2回リアクション E1 S−2
S−2 できごと
その日のテオフラスト・パラケルススの授業は、若干受講者が増えていた。
直弟子に当たるグレイ・アズロックは当然出席していたが、エリクシールの弟子であるレビィ・ジェイクールもその場にいた。
「ほぉ。おぬしはエリクの所のレビィではないか。」
「卒業試験も近いことですし、幅広く学ぼうかと思いまして。」
「うんむ。その志は素晴らしいぞ。」
テオフラストの杖の手が親指を立てる。
「では今日は、『ゴーレム』と『人工生物』の違いについて、説明するとしようかの。」
《アルカディアにもいるもの》の副学部長は、大きな身振りで質問を投げつける。
「まず、一番の違いは何じゃと思う? グレイ、答えてみよ!」
びしっとグレイを人差し指でさす。当然、杖の方の指だ。
「ええっと……自律行動するかどうか、ですか?」
「お、なかなか分かりがいいのぉ。ちょっとだけ褒めてやる。喜べ。」
そう言ってグレイの銀髪をなでる。当然、杖の方の手で、だ。
「グレイの答えたとおり、『ゴーレム』と『人工生命』の大きな差は、自律行動の有無じゃ。
『ゴーレム』は作成者の組み込んだ行動しか基本的には行わない。つまり、命令を与えられない限り、ずっと『物』と言うわけじゃな。」
実際、テオフラストは数々のゴーレムを作成し、《アルカディアにもいるもの》ひいてはコリアエ全体のアメニティ向上に貢献している。
しかし、逆に誤動作や暴走を起こすゴーレムも少なからず存在し、ひっくるめて「テオフラストの功罪」とよく揶揄されている。
「対して『人工生命』は自分で考え自分で行動する。まぁ、その程度は上から下まで様々じゃが。」
こちらもテオフラストの得意な分野だ。先週、遊び半分で創ったトックもどきも人工生命に含まれる。トックもどき程度の知能の低いものならば、学生でも作成は可能だ。
グレイも人工生命体の作成中だったりする。完成間近なので、この後寄宿舎に帰ってから仕上げにかかる予定だ。
「ま、教室でこうやって喋ってるだけの授業もつまらんじゃろう? ちょっと、実践的なことでもするかの。」
テオフラストはなにやらニヤニヤしながら話をしている。グレイはなにやら嫌な予感がした。
また、ろくでもないことを思いついたのではないか……。
その時、教室の扉が勢いよく開け放たれた。駆け込んできたのは助手のアデイ・チューデントだ。
余程の距離を走ってきたのか、息がかなり荒い。そのアデイの姿を見たレビィは、不思議な感覚に襲われた。このアデイと言う青年の助手、先週会ったインザーラ・ティスとそっくりなのだ。瓜二つといってもいい。
兄弟か何かなのか……?
そのレビィの思案を打ち破るように、アデイがやっと口を開いた。
「師匠、大変です! 教諭塔に保管していたトックもどきが逃げ出しました!」
一方、テオフラストの方は落ち着いたものだ。ぽりぽりと頭をかいている。杖の手でだ。
「そうか……。よし、おぬしらに課題を与える。逃げたトックもどきを捕獲せよ。より多くのトックもどきを、一度に儂の所まで運んできた者には高評価を与えよう。」
そういうことか……。グレイは脱力した。そんな事はお構いなしにテオフラストは言葉を続ける。
「期限は来週のこの時までじゃ。何人かで協力しても構わんぞ。分かってると思うが、魔法のかかっていないもので触れると爆発するから、各自工夫せよ。」
「あの……どこに逃げて行ったか分からないと、捕らえようが……。」
レビィがもっともな疑問を口にする。
「大丈夫じゃ。トックもどきどもは『奇跡の丘』の辺りに集まっておるじゃろう。」
奇跡の丘とは、学院から見ると北東にある丘だ。歩けば四半日くらいでつける距離で、ピクニックなどによく利用される。
そこまで分かってるんだったら、自分で回収すればいいのに。
決して口にはしないが、そんな事を考えるグレイだった。
さて、授業の方はと言えば、その直後アデイが倒れてしまったので一時中断した。
「ふむ。ちと無理をさせてしまったようじゃの。」
テオフラストはしれっとそんな事を言う。
「レビィよ。おぬし、保健委員じゃったの? アデイを連れて行ってくれんか?」
「……分かりました。では。」
痩身のアデイを担ぎ、運び出そうとするレビィ。
テオフラストに聞いておきたいことのあったレビィは、後ろ髪をひかれる想いで教室を後にした。
10:18:06 |
hastur |
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November 13, 2006
第2回リアクション E1 S−1
おかしな二人 (The Odd Couple)
先日、下界から帰還したという《アルカディアにもいるもの》副学部長テオフラスト・パラケルススの二人の弟子。二人は何かを隠していると言った様な話が、学院内で流布されつつある。
アデイ・チューデントとインザーラ・ティス。二人の助手は下界での出来事や、過去の事柄について未だに口を堅く閉ざし続けている。
週が変わっても尚、このおかしな二人に接触を試みる学生は、後を絶たないようだ。
S−1 不良少年
《アルカディアにもいるもの》の教諭、エリクシール・パルヴスの授業は一風変わっている。エリクシール自身は教室に姿を見せないのだ。それどころか、ここ30年ほど、彼(彼女?)の姿を見かけたものは居ないとされている。
本日もいつものとおり、教壇にはエリクシールの一番弟子、助手のブラシウス・ヘルバが立っている。
「では、始めますか。パルヴス師、よろしくお願いします。」
決して美声とは言えないブラシウスの一声に応じ、教室内の弟子、その全ての思考にエリクシールの声が響く。こちらは対照的に男性とも女性ともつかない、澄んだ若々しい声だ。
「今日はコリアエの近代史について学びましょう。まずは年表を。」
エリクシールの『思念波』によって進行するこの奇妙な授業。レイリア・サルモンにとっては、最早馴染み深いものとなっていた。彼女はエリクシールの直弟子であり、既に卒業試験を受ける修行年数と成っていた。
隣には同門で同学年かつ同年齢のトト・メタリカと、兄弟子に当たるレビィ・ジェイクール、ファブレオ・アントニオが席についている。四人とも卒業試験の対象者ということで、熱心にエリクシールの頭に響く声に耳を傾ける。
いや、一人居眠りをかましている奴がいた。トトだ。豪快にいびきをかく。
当然、助手のブラシウスにつまみ出される。
「トト。そんなに姉と同じ道を歩みたいのですか? 邪魔になるので出て行ってもらいます。」
「ふぁ〜〜っ。はいはい、出て行くよ。」
あっさりと退席するトト。レイリアには信じられない行動だ。師を尊敬し、常に授業には真面目に出ていた以前のトトからは想像の出来ない振る舞い。
「ちょっと、どういうつもりです?」
レイリアは問い詰めるが、トトは全く興味が無いよ、と手をひらひらさせて行ってしまった。
「どうしたんだ、あいつ。最近、変だな。」
レビィも同じく首をかしげる。確かにトトは皮肉屋ではあるが、決して不良ではなかったはずだ。
ざわつく教室。それを制したのはエリクシールの優しい声だった。
「やる気の見られないものには、受講してもらわなくても構いません。……授業を続けますよ?」
「……という訳で、下界への修行制度はこの頃成立しました。」
エリクシールの朗読に合わせる様に、ブラシウスが魔法を操り、テキパキと史料を表示させる。
下界への憧憬を強く抱くレビィにとっては、興味深い授業となったようだ。
「制度成立当初の目的とその経緯は、きちんと理解して欲しいところですね。特に、卒業を間近に控えるレビィさん、ファブレオさん。」
突然声をかけられ、反射的に返答するレビィとファブレオ。
「あなたたちには期待して……すからね。卒業試験の……は近々お知らしぇ……ます。では、今日はここまでとしましょ……」
急に聞き取りづらくなるエリクシールの声。「念波の入りが悪くなる」、「ノイズが走る」などと表現される、たまに起きる現象だ。
ブラシウスが諦めた感じで授業の終わりを告げ、生徒たちはバラバラに席を立ち始める。
エリクシールに聞いておきたいことのあったレビィは、後ろ髪をひかれる想いで教室を後にした。
08:27:33 |
hastur |
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November 01, 2006
第1回リアクション E1 S−3
S−3 怪談
寄宿舎の食事は弟子や助手が交代で担当することになっている。中には常駐の担当という者もいるようだ。
その日の厨房では、アデイ・チューデントが腕を振るっていた。大きな鍋を竈にかけ、練り物を作っている。
そこに、グレイが入ってきた。今日の夕食の担当になっていたのだ。
「あ、グレイ君。今日は当番ですか?」
小麦粉を練ったものを麺棒で伸ばしながら、アデイは声をかけた。
「はい、手伝いに来ました。これ、使ってもいいらしいですよ。」
手に持っているのは肉の小さな塊を紐でくくり、数珠繋ぎにしたものだった。
「じゃぁ、それはヒレにしますか。」
「わかりました。」
グレイは答えながら手早く大きめのパンを用意した。手馴れたものだ。
「アデイさんは何を作ってるんですか?」
「ああ、これですか? ビスケットです。スープもそろそろ出来るころですし、メニューはこれくらいでいいですかね。」
ちなみに「ヒレ」も「ビスケット」も語源はラテン語である。
ヒレはfilumが語源で「糸」という意味。一口分の肉を糸で縛ったところから来ている。ファイルfile「糸でつづる」、フィラメントfilament「糸状のもの」、プロフィールprofile「線を描く」は姉妹語だ。
ビスケットはラテン語のビス・コクトゥス(bis coctus)が語源で、その意味は、ビス(2度)・コクトゥス(焼かれたもの)。昔は日保ちを良くするために2度焼いたパンをビスケットと呼んでいた。文中のビスケットはこちらを指している。
閑話休題。
料理の方も一段落ついた頃、グレイは先ほどの事を掘り返した。
「何で《アグリコラ》も知らなかったんですか?」
「……その理由は話す事は出来ないでしょうね。私が無知なだけ、と言っても信じてもらえないでしょうし。」
歯切れの悪い返答をする。その表情は悲哀とも困惑とも読み取れる。竈の火を見つめる赤い瞳は、その赤さを更に増していた。
「そんなことより。」
急に明るさを取り戻し、話題を変えるアデイ。
「寄宿舎に怪異が現れたって話、聞きました? 既に捕まえているみたいなんですけど、『足』の形をした怪異なんですって。私も見てみたかったなぁ……」
「その話なら聞きましたけど……まだ夜中に学院のあちらこちらを壊し回ってる怪異は見つかってないみたいですよ。あ、犯人が怪異かどうかも分かってないみたいですけど。」
「じゃ、その犯人を捕まえてみましょうかね? 実に興味深いです。」
結局、話をはぐらかしているのか、本当にその怪異に興味があるのか……グレイはその判断に迷った。
08:39:38 |
hastur |
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