October 19, 2006

第1回リアクション E1 S−2



 S−2 他人の顔

 その日の授業を終えた《アルカディアにもいるもの》レビィ・ジェイクールは、弟弟子に当たるトト・メタリカと雑談を交わしながら寄宿舎に帰るところだった。
 二人とも『癒し手』であり、《アルカディアにもいるもの》教諭、エリクシール・パルヴスの弟子であった。話題はペンタのことであったり、卒業試験のことであったりした。
「なぁ、ファブレオ氏、最近何やってんだ?」
 レビィは同門のファブレオ・アントニオの名前を出した。歳は23とレビィよりも上だが、入学時期が違う為、弟子年数ではレビィの方が上回っていた。とは言え二人とも卒業試験を数回落ちている身分だ。ちょっとした仲間意識というものがあるのかも知れない。
「トックの練習に励んでるみたいだよ。まぁ、サードシーズンもうちの『アルマ』が優勝するし、無駄な努力だと思うけどね。」
 その子供っぽい顔には似合わない冷笑を浮かべ、トトはトックを蹴る仕草をしてみせる。
 トトは常勝アルマに所属しており、一方ファブレオは新興ローブル・ルブルムのチームリーダーだ。
「でも、師匠に釘刺されて、卒業試験の方に身を入れるって言ってたかな? あ、レビィさんにも刺さってるんじゃないの? 釘。」
「痛いところつくな……。」
 レビィは先ほどの師匠の言葉を思い出した。そろそろ卒業試験をクリアしておかないと、下界への修行など夢のまた夢だ。
「まぁ、息抜き程度にさ、応援に来てよ。来週からサードシーズン開幕だから。」

 暫くして、レビィは最近寄宿舎の世話係りに入った見知らぬ助手のことを話し始めた。
「そういえば、インザーラとか言う助手が下界から帰ってきたみたいだが、会ったことあるか?」
 トトは赤毛の頭を左右に振る。
「まだ見たことも無いよ。だって、女子棟の方にいるんでしょ? 会う機会なんてそんなにないよ。」
 出来れば会って下界の話を聞いてみたかったレビィにとっては、なんとも味気ない答えが返ってくる。
「そんなに会いたければ、姉さんに頼んで呼び出してもらおうか?」
 この申し出にレビィは「頼む」と一言返すが、トトはにやりと笑って「アンコモン一枚ね」と右手を差し出す。
「トト……オレ様の名前を言ってみろ。」
 ベキベキと指を鳴らす。
「じ、冗談だってば〜。あ、姉さ〜ん! ちょっと〜!」
 目ざとくヒルダ・メタリカを発見したトトは、素早く姉にかけていった。
 そしてその様子を、猛禽の双眸がじっと見つめていた。

 そんな訳で、レビィはテオフラスト・パラケルススの弟子、インザーラ・ティス助手と面会することが出来た。
「エリクシール・パルヴスが弟子、レビィ・ジェイクールです。少し伺いたいことがあるのですが。」
 軽く自己紹介を済まし、早速本題に入る。
「インザーラさんは下界で修行を積んでいたと聞きます。その時の話をお聞かせ願いたいのですが。」
 インザーラは少し困惑した表情を浮かべた。色は白く、眼は鮮やかな深紅。髪は透き通るほどの金色、顔の部品の配置が均整で、鼻の低さと丸さを除けば結構な美人だ。これで鼻が高く通っていれば《契約者》カッシータ・カリピアーナやシーラ・モラリスに並ぶ美しさであろう。まあ、この二人とはタイプはかなり異なるが。
「その……あまりお話できる事はありません。そう、下界の話は余り話さないようにと、パラケルスス師から止められてますから。」
 眉を下げ、申し訳なさそうに断る。レビィは少し肩を落とした。
 そんな様子を見、インザーラは言葉を続けた。
「そんなに下界のお話を聞きたいのでしたら、ニコラウス・ディーラ助手を訪ねてみては? あの方も下界から帰ってきたばかりと聞きますよ。」
 新たな情報を得、レビィは少しばかりの希望を取り戻した。





08:20:55 | hastur | comments(1) | TrackBacks

October 07, 2006

第1回リアクション E1 S−1


鳥 (The Birds)



 空を見上げると、一羽のオオタカが悠然と旋回していた。標高300メートルのこの平野の更にその上を、上昇気流を巧みに捉え飛翔する。しかし、それは中空の散歩を嗜んでいる訳ではなかった。猛禽の鋭い眼をもって『島』を観察しているようにも、偵察しているようにも見えた。
 彼は獲物を見つけたか、速度を上げつつ下降し始めた……。


 S−1 ああ爆弾

 魔術学院の二階の一室、そこでは《アルカディアにもいるもの》の選択授業が行われていた。
 質素ではあるが頑強であるその部屋の教壇に、どっしりと腰を下ろしているのは《アルカディアにもいるもの》副学部長、テオフラスト・パラケルススその人であった。『癒し手』の証という訳でもないが、多くの者が着用している純白無垢のローブをゆったりと着こなし、その傍らには長い杖が立て掛けられている。
「今日は随分と出席者が少ないのぉ。まぁ、始めるとするか。」
 教室内を見回せば、両手で数えられる程の人数しか埋まっていない。新年度となり、各教諭とも斬新な教材を提供し、その煽りを食った格好となってしまったのか。テオフラストはやや面白くなさそうに白い口髭をなでた。
「ここでは主に人工生命についてのナレッジを授ける。それを活かしきれるか、また発展させることが出来るかは各人の努力次第と言ったところじゃ。」
 まず授業の主題を明示するテオフラスト。その台詞に反応し、目を輝かせたのはテオフラストの弟子でもある《アルカディアにもいるもの》グレイ・アズロックであった。
 グレイは自分の研究テーマに「肉体的に最強の個体創造」を掲げており、テオフラストの人工生命理論は最高の模範となるからだ。
「その前にこの授業の助手と作品例を紹介する。アデイ、入って来い。」
 テオフラストはそう言いながらすくっと立ち上がり、杖の先の『手』で扉に向かって手招きをした。手の先の扉が開くと金髪の青年が入ってくる。グレイには見覚えのない人物だった。それはこの部屋にいる他の生徒にとっても同じであるようであった。
「アデイ・チューデント。儂の弟子で下界での修行から帰ってきたところじゃ。」
 それで見覚えがないのかと、グレイは少し納得した。自分が入学する前にアデイが下界に旅立っていれば、今まで顔を合わせた事がなくても不思議ではない。
 紹介されたアデイは軽く会釈をし、緊張した面持ちで口を開いた。
「よろしくお願いします。授業が無い時は寄宿舎で世話をしていますので、なんなりと申し付けてください。」
 やけに腰の低い先輩だな、という印象を受けたグレイだったがそんなことよりも気になる事があった。アデイが両手に持っている謎の物体がなんであるかだ。
 アデイの両手にはそれぞれ一つずつ、球体のようなものがあった。そして、そのうちの一つをテオフラストは杖の手で掴みとった。
「これは儂が創った『トックもどき』というものじゃ。上手く出来とるじゃろう? 本物のトックより一回り小さいが、その他は忠実に再現しとる。」
 なるほど、それは小さくて良く分からなかったが確かにトックにそっくりだった。
「そして、ちょっとばかしアレンジを加えておる。グレイ、持ってみよ。」
 そう言い、前の方の席に座っていたグレイに、杖でトックもどきを手渡す。
 確か、本物のトックは魔法のかかっていないもので触ると色が変わったはずだ。グレイはそのことを連想しながら受け取った。しかし、そのトックもどきは予想外の反応を示した。
 グレイの手に渡った瞬間、ちかちかと点滅を初め、そして……。
 ドカン!
 と爆発を起こした。当然、グレイの上半身、特にその様子を覗き込んでいた為、顔は煤だらけになった。
「ほっほっほっほ……。どうじゃ、面白いじゃろう?」
 テオフラストはさも楽しそうに笑い転げた。
 なんでこんな師匠についたのだろう……と僅かばかりの疑問を抱きながら、グレイは顔の煤をぬぐった。

 授業が終わると、グレイは片づけを終え帰ろうとするアデイを呼び止めた。同じくテオフラストを師と仰ぐものとして、彼には興味があったのだ。
「アデイさんはどうしてパラケルスス師についたのですか?」
 アデイはそれ程背の高い方ではなく、グレイが長身の為、グレイが見下ろす格好になる。だが、一応先輩を敬うことを忘れず、丁寧に言葉を交わそうと試みている。
「そうですね。パラケルスス師は『父』ですし。それ以上の理由は無いでしょうね。」
 優しい口調で答えるアデイ。
 確かにこのコリアエの魔術師にとっては、師匠は両親と同義と言える。殆どの者が実の両親から見放されたような存在だからだ。しかしそれは、グレイにとって納得のいく回答ではないようだ。
「じゃあ、アデイさんは何の研究をしてるんですか?」
「えと……。特に決まってないですね。私はそれよりも師や弟弟子達のお世話をしている方が楽しいですから。」
 二つ目の質問には幾らか詰まりながら答える。
「なんかそれじゃ、《アグリコラ派》みたいですね。」
「《アグリコラ派》……?」
「え? 知らないんですか?」
 これにはグレイもいささか驚いた。幾ら下界での修行が長かったとはいえ、《アグリコラ派》さえ知らないとは。《アグリコラ派》とは『ゆりかご塔』にて幼年者の育成や食料の生産・管理に携わっている者達のことを言う。最低でも2年間は『ゆりかご塔』で過ごすのが、この島の魔術師の常識だ。もちろん、《アグリコラ派》の事を知らぬものは居ない。
「じゃ、じゃあ、寄宿舎の掃除があるのでこれで失礼しますね。」
 逃げるように立ち去るアデイ。明らかに怪しかった。






08:21:11 | hastur | comments(2) | TrackBacks