May 15, 2006

第8回リアクション E1 S−3


 S−3 始まりの終わり

 僕達はリンプさんをつれてクォリネの村まで歩いた。その頃になると夜が白々と明ける頃だった。僕達は足を止めて、日の出を眺めることにした。
 山の稜線がオレンジ色の筋で縁取られる。そして暫くすると朝日が顔を出した。
 朝日がこんなにも綺麗なものとは、以前だったら感じなかっただろう。言葉にならなかった。
 リンプさんは初めて見る太陽に静かに涙を流していた。
 外には……こんなに綺麗なものがあるんですね。エルフだとか、人間だとか、そういうことがとても小さく感じます。
 そしてその涙に呼応するように、真っ白な雪が降ってきた。

 村に着くと、村自体はもうすでに起きていた。そこここで朝の挨拶が交わされ、仕事へ向かうものを送り出していた。
 僕達はラグさんの案内でひとまず村長さんの家へ行く事にした。
 ども、お久しぶりです。
 ラグさんがそう言って中へ入り、僕達も後に続いた。中には多くの人が集まっていた。その中にはよく見知っている人物が居た。
 僕達が入るなり、多くの言葉が交わされた。
 兄さん! 無事だったの!?
 おじさん、おかえりー。
 ジェイル!
 へへっ、セリア、元気だった?
 父様、母様、ここまで来てたの?
 ん、この白いエルフさんは?
 おねーさまぁ、迎えに来たよ。
 ちょっと暖炉の火をお借りします。
 僕達が久しぶりの対面をしている横で、リンプさんは羊皮紙を、燃やした。

 騒々しさが一通り納まると、ラグさんが再会を祝って一曲披露してくれた。
 リュートをかき鳴らしながら歌うラグさんは、何やら僕達に別の意味の祝福をくれているようにも感じられた。

 それはやってくる? それはやってくる
 信じて待っていれば それはやってくる
 それは救われる? それは救われる
 信じて行なえば それは救われる

  それは明朝のように それは来春のように
  それは孵化のように それは発芽のように

 お菓子の家と 青い鳥の 深い森の中で
 子供たちは 甘い夢で 捜し物を見つける
 そしてそれはやってくる
 そしてそれは救われる


(次回「ある希望に関する物語」へ続く……)




指針NO.

E99:これからどうするのか、提示された数ある選択肢の中から選ぶのではなく、自分の気持ちに従って自分なりの行動をとる。




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May 10, 2006

第8回リアクション E1 S−2



 S−2 開放の代償

 一階にはリンプさんが待っていた。手には例の羊皮紙が握られていた。
 どうやら上手くいきそうですよ。
 彼女の顔からは喜びが見えた。僕達は荷物を背負い、ここから出る準備を済ませていたが、彼女は着の身着の儘だった。
 やがて揺れも少なくなり、視覚も元に戻ってきた。不意に入り口の扉がかちりと音を立てた。
 遂に扉が開放された。その瞬間だった。

 外は夜だった。丁度満月が空にあり、その月光で周りを明るく見ることが出来た。
 肌寒く、季節は冬のようだった。僕とジェイルが館に入ったのは春だったので、三つ季節を飛び越した感覚だった。
 久しぶりの外の空気と景色を満喫した。色んな解放感が一遍にやってきた。
 リンプさんはといえば、周りのものを珍しげに観察していた。それは壁と天井がない空間と生まれて初めて出会い、感動しているように見えた。
 そして月を眩しそうに見上げていた。
 明るいですね。あれが太陽ですか?
 違うよ、あれは月。太陽はもっと明るいよ。
 あれ以上に……ですか?
 間違えるのも無理ないのかも知れない。月明りだけでも、館の中の灯の数倍は明るいのだから。

 しばらくすると館が崩れ始めた。その役目を終え、維持の魔法を放棄したのだろう。徐々に崩れていく白い館を僕達は少し離れたところで眺めていた。
 そして瓦礫の山になったとき、なぜか土煙の中に微かにケーキを焼くときの香ばしい匂いがした。
 館がなくなると、景色が変わった感覚を覚えた。その原因は頭上にあった。
 あれだけ近くに感じられていた星空が、少し遠くなった気がするのだ。これでは他の街や村から眺める星空と変わらなかった。館と星空……どこに関連があったのだろう。
 クォリネの上空には雲が覆うことはないし、鳥が飛ぶこともない。そう聞いていたが、館がなくなってからさっきまではクォリネを避けていた雲が、僕達の上にもやってくるようになっていた。
 更にジェイルの青い鳥が、飛び立った。鳥は月に向かって飛んでいってるようだった。それはリンプさんの両親の魂を、月まで届けてくれているようだった。

 あれ? クラヤミは?
 ジェイルが声を上げて、僕もやっと気がついた。そう言えばクラヤミが出てきていない。
 逃げ遅れて下敷きになったのかなぁ?
 ……今考えると、クラヤミなんて元から居なかったのかも知れませんね。
 リンプさんがぽつりと漏らした。そう言えばリンプさんとクラヤミが一緒に居るところを見たことがない。もしかすると、クラヤミはリンプさんの分身だったのかも……彼女の孤独が生み出した幻影だったのかも知れない。
 孤独から開放されたリンプさんには、もうクラヤミは必要ない。




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May 03, 2006

第8回リアクション E1 S−1


 ある孤独に関する物語


 ここに来て色んなものが見えるようになったと思う。
 やらなくてはならないこと。
 やったほうがいいこと。
 やってもいいこと。
 やりたいこと。
 やってはいけないこと。
 やらないほうがいいこと。
 やらなくてもいいこと。
 やりたくないこと。
 やってもやらなくてもいいこと。
 未だにその境目は曖昧だけど、少しずつ見えてきている気がする。
 そしてあたいが今からやろうとしていることは…。


 わたしの職業は歌うたいだが、歌うたいに成るのは簡単だ。歌えばいいのだから。
 言葉はよく怠ける。自分の言いたいことを、きちんと伝えてくれないことがある。そんな時、わたしは歌を唄う。
 普段言えないような事も、歌の中に託せば伝わるような気がするのだ。
 だから、想いが届かない時は歌ってみるといい。誰でも歌うたいに成れるのだから。


 S−1 色彩の依頼心

 僕は地下にあるリンプさんの研究所を訪ねていた。目的はただ一つ、リンプさんを説得するためだ。
 僕が彼女の所へ降りていった時は、リンプさんはぼんやりと思案しながら、パイプを燻らせているところだった。
 パイプは……一時的に気分が楽になったり、発想力が高まったりするが、吸いすぎは体に悪いと昔聞いたことがある。でも彼女はここにいる限り永劫に近い命が保障されているのだし、そういうデメリットは無視しているのかも知れない。
 彼女の眼前の机には一枚の羊皮紙が置かれていた。リンプさんはその紙を眺めながら、もう一度パイプを吸う。
 リンプさんは僕に気づくとゆっくりと挨拶を交わし、ドンちゃんも吸ってみます?と、パイプを差し出した。
 僕はやんわりと首を横に振って、本題を切り出した。
 リンプさん、あなたはこのままここで永遠に魔法を完成させるためだけに生きてきて、それで何も望みはしないと言うんですか?
 はっきりと言い切った。僕はリンプさんの、本当に望んでいることが知りたかった。
 ……いえ、私は外に出たいと思ってます。先日言った通りに。
 だったら、強く外に出たいと念じてみましょうよ。ここにいる全員で。そうすれば、あの鉄のように固い扉も開くかも……。
 駄目ですね、きっと。今ここにいる者の中で、外に出たいと思っていない者はいないはず。それでも扉は開かないのです。
 彼女は冷静に反論した。それは外に出たいという願望の裏返しにも思えた。
 だったら、どうすれば……。
 魔法を完成させるんだよ。
 後ろから声がした。いつのまにかジェイルが来ていた。何か決意を秘めているようにも見えた。
 え? でも、魔法が完成したら、僕達にも効くんでしょ?
 魔法を完成させることと、使うことは別……そうだよな、リンプ?
 ええ。
 そうだったのか。僕はそこの所を勘違いしていたようだ。
 リンプ、魔法の触媒のトコにナゾベーム、ユープケッチャ、ハネネズミって書いてみてくれる…?
 はい……。
 リンプさんはジェイルの言われるまま、羊皮紙にエルフ語で書き始めた。少し緊張した面持ちで。
 その間、僕は外に出られるかも知れないという期待よりも、訳の分からない不安を感じていた。でも僕にはそれを止めさせることは出来なかった。じっと見守るしかなかった。
 そして書き終えた瞬間。
 あの柱時計がけたたましく鳴り始め、視界に変化が表れた。
 リンプさんの白い髪が白くなかった。というか、周りの全ての物の色が感じられなくなっていた。ジェイルの頭の上にいる鳥も、青く感じなかった。
 どうやら、模擬が始まったみたいですね。
 館が書き終えた魔法の設計書を読み取り、模擬を始めたようだった。リンプさんは複雑な表情で、しかしじっと座ったままで結果を待っていた。
 魔法の影響が少しだけ館の中に漏れているみたいですね。模擬が終わればまた元に戻ると思いますが。
 しばらくすると、今度は館が揺れ始めた。
 ねぇ、二階に残ってるラグさんにこの事いっとかなきゃ。混乱してるかも。
 そうだね。
 僕達はリンプさんをここに残し、上の階へ上がっていった。

 ホールまで戻ると、何かが目の前を横切った。
 それは猫だった。
 色が分からないので、それがクラヤミなのか、とっさに判断することが出来なかった。
 クラヤミらしいその猫は、僕達に目もくれず食堂の方へ入っていった。僕達の方もそちらを追うことをせず、螺旋階段を上った。
 そして二階に着いた時、僕達は思わず足を止めてしまった。
 ラグさんには黄色の扉の部屋を使ってもらっているのだけど、今は色が分からないので、どこがどの部屋だか分からなくなってしまった。
 結局手当り次第扉を開けていった。そこは浴室だったり、自分の部屋だったり、空室だったりした。
 五つ目の扉で、やっとラグさんと会うことが出来た。
 これらのことで、人間を滅ぼす魔法の内容が何となく分かった。これは人間の感覚を奪う魔法なんだ。色が分からなくなっただけでこれだけの苦労を強いられる。もし五感、全てを奪われたら……きっと人間は何も出来なくなる。

 何事ですか、これは? 目が変ですし、こんなに揺れて……。
 今、館が魔法の模擬をやってるんだ。上手くいけばもう入り口の扉が開くはず……とにかく荷物をまとめて一階に降りておこう。
 ジェイルの説明と指示にラグさんは頷く事しか出来なかった。






07:42:18 | hastur | comments(0) | TrackBacks