April 17, 2006

第7回リアクション E1 S−3


 S−3 脱出の手引き

 いよいよ本題に入った。どうやってこの館から出るかだった。
 リンプはそのことを説明するために懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
 この、人間を滅ぼす魔法を完成させること。それしかないようです。
 その紙には読み辛い字が書き並べられていた。それはエルフの言葉のようで、読むことはできなかった。
 この紙にはほぼ完成された魔法が書かれています。あとはこの部分に必要とされる触媒を書き込むだけです。書き上がれば館がその魔法を読み取り、模擬させ、人間を滅ぼせるものだと判定した時に扉が開くようになってます。
 あなたは人間を滅ぼすつもりですか?
 私は核心の質問をした。
 私の両親が死ぬきっかけになったのは、やはり二百年前の人間達の侵略にあったと今でも思っています。あんなことさえなければ館も造られなかったし、私の両親もこんな魔法の研究に追い込まれなかったでしょう。人間を憎む気持ちは今でもあります。
 でも私はそれよりも外の世界を見てみたいのです。どちらかといえば、そちらのほうが私が魔法の研究に没頭できた理由です。
 それに……あなた達も人間ですしね。
 リンプの台詞にはどこか、悟ったようなところがあった。ルア達はその言葉を聞いて、少し驚き、そして喜んでいるようだった。

 リンプが部屋から去った後も、わたしたちはラウンジに残っていた。
 これじゃ、外と連絡を取ってナゾベームを呼んでもらっても、扉は開かねーみたい……。
 ジェイルはそうこぼした。何か考えがあったみたいだが、さっきのリンプの説明で、それが無理だと分かったようだった。
 実はさ、例の触媒、大体目星はついてんだ。
 え?
 わたしは素っ頓狂な声を挙げてしまった。
 ナゾベームとユープケッチャとハネネズミ。この三つだよ。まだリンプに教えるかどうか迷ってんだ……。


(次回「ある孤独に関する物語」へ続く……)




指針NO.

E01:館を出る。
E02:出ることを諦めて、ここで生活する。
E99:その他のことをする。




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April 13, 2006

第7回リアクション E1 S−2


 S−2 名付けの親

 わたしたち4人はカードを片づけて席に着いた。 まず最初にわたしが口を開いた。
 わたしはこの二人を捜しにここに入ってきたのですが……どうして入れたのでしょう?
 それは、あの奇妙な生き物の所為ではないでしょうか。あの鼻で歩く生き物……何匹か館の中に入り込んでいるのをクラヤミが捕まえていたようですが……あれはそんなに危険な生き物なのですか?
 リンプは逆にわたしに聞き返した。その質問にはジェイルが代わりに答えた。
 あれはナゾベームってんだ。木ノ実なんかを食べる大人しい動物だよ。
 そうなのですか? この館は避難所としても機能するように、その人にとっての危機が訪れている時にだけ扉が開くようになっているのですが。
 あ、そういうことですか……いや、わたし、ネズミとかそういうの大の苦手でして……こういうのも危機になるんですかね?
 さぁ……入って来れたということは、そうなんでしょう。
 他の三人は少し呆れたという様子だった。

 次に話題はジェイルの頭の上にいる、青い鳥の事に移っていた。
 おじさん、この鳥、どう思う?
 ジェイルはわたしに問いかけてきた。
 どうって……綺麗な小鳥ですが。
 私が答えると、ジェイルは、やっぱり自分だけ……?と、小さな声で呟いていた。
 なぁ、この鳥、一体なんなんだよ?
 今度はリンプに聞いている。
 この鳥は、言わば数合わせですね。
 館の生き物に対する維持の魔法は、扉を潜ってきた数を数え、それに合わせた人数分働くようになってます。
 最初に私の両親とクラヤミが入りました。館は三人分の維持の魔法を働かせます。
 ところが途中で母が死にました。扉を潜っていないので館はまだ三人と認識したままです。この時は替わりに私が生まれていたので丁度良かったのです。
 だけど次に父が死にました。この時、数がずれたのです。一人分余分に働き続けた魔法は、一匹の鳥を造り上げてしまいました。
 言い換えるとこの鳥は、私の父の生まれ変わりということになりますね。
 リンプの長い説明が終わっても、ジェイルだけはどこかまだ納得していないようだった。それが何に引っかかっているかまでは、私には分からなかった。
 話はいつのまにか名前についてのものになっていた。
 あたい昔、自分の名前が嫌いだった。「ジェイリーア」って、ノースウィンド家の初代……王様から爵位を賜った女性なんだ。だから、暗にこの人みたいな立派な当主になりなさいって言われてるみたいで……。
 ジェイルはそう披瀝した。名前には親からなんらかの託す気持ちが込められているのだろう。時にはそれが重圧に変わるものなのかも知れない。
 しかしそんなジェイルの告白に対して、リンプが口を出した。
 嫌いになるような名前ではありませんよ。今まで黙っていましたが、実は私の母の名前がジェイリーアなのです。そして父の名前がルアフォート。
 ええ!?
 ルアとジェイルは同時に驚きの声を挙げた。
 私はずっと名前と言うのは軽々しく使わないものだと思ってました。だから両親の名前も、両親から貰った本当の名前も隠していたのです。
 そして少し間を置いて、ジェイルの頭上の鳥を見ながら、その鳥があなたになつくのは名前のせいかも知れませんよ、と言った。
 ……そうだったんだ。あたいもさ、上手く言えないけど、最近になって名前ってもっといろんな意味を含んでるんじゃないかって考えるんだ。だから、外に出て今までの事にケリをつけたいんだ。
 ジェイルはそう気持ちを明らかにした。そして、何か意味が込められているような視線を、ルアの方に送った。
 じゃあ、リンプの本当の名前って何なの?
 ルアは少し遠慮がちに尋ねた。
 クォリネです。
 彼女は一言そう答える。私はその言葉の意味を思い出していた。そして彼女の両親の託す気持ちが何となく分かっていた。






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April 04, 2006

第7回リアクション E1 S−1


 ある過去に関する物語


 みんな過去に過ちを犯している。
 そしてその罪を降り払うため、赦しを得るために自分を変えていく。
 だから過ちは必要悪なのだ。


 S−1 ゲームの規則

 わたしはラウンジにいた。ラウンジはホールの右側の扉、その内の柱時計側の扉の奥にあった。中は木の木目を活かした美妙な家具が揃っていた。
 この部屋に一緒にいるのはルアとジェイル。そしてジェイルの頭の上にいる青い鳥とわたしだった。
 なぜここに集まったのかというと、わたしが<誰でもない>に会わせて欲しいと頼んだからだ。それはごく当然のことでしょう。ルア達から聞いた話からすれば、全ての答えは彼女の元にあるようでしたし……。わたしはこの館についても、人間を滅ぼす魔法に関しても、彼女が何を考えているのかも、ほとんど知らないのだ。
 ジェイルは、リンプならルアがここに来るように頼んでるから、とここで待つように言った。
 彼らは<誰でもない>のことをリンプ・オルフェと呼んでいる。彼女は最初、名乗る名前らしい名前がなかったので、ルアが先日リンプという名を付けてあげたらしい。私もそれに習って彼女のことをリンプと呼ぶようにした。
 わたしたちはリンプがやってくるまでラウンジで、カードをやって遊んだ。それは昔の貴族が好んでやったという、ロイヤルハウスと呼ばれるゲームだった。
 これは王、城、王子、騎士といった種類のカードを出し合って、上手に得点を稼ぐというルールだった。カードには強さが決まっていて、吟遊詩人のカードは弱いほうから二番目だった。そして、一番弱いカードは魔法使いだった。ただし魔法使いは見せ札の色を変えることが出来るという、特殊な機能があった。
 基本的に三人用のゲームなので丁度良かった。そういえば昔、家族でよくやりましたねぇ、と少しだけ想い出が蘇った。
 ゲームの方は一方的にルアの負けだった。このゲームは一番強い竜のカードの使い方が大きな分れ目になるのだが、彼は上手くそれを使いこなせていないようだった。
 相変わらず弱いなぁ……。
 ジェイルはちょっとからかうようにルアにそう言う。彼は苦笑いするだけだった。すぐに表情で戦略を読まれてしまうのも、彼の弱点になっているようだ。
 そうやって、カードを十回配ったところでホールの方から柱時計の鳴る音が聞こえてきた。
 それに合わせるように入口の扉が開いて、リンプがラウンジに入ってきた。わたしは扉が正面に見える席に座っていたのだが、彼女の白さにまず驚いた。
 長い髪は真っ白で、着ているものも無垢のゆったりとした服だった。両の耳は細長く、確かにエルフのようだった。
 見た目の年齢はわたしとそう変わらないくらいに感じた。しかしエルフの年齢は当てにくいものだし、前に聞いた話だと、この館には老いの速度を遅らせる魔法がかかっていると言うことだから、実際にはわたしなんかより遙かに多くの年月を生きているのだろう。
 着ているものや装飾品から、お洒落というものからは無縁のような感じを受けた。生まれてからずっとここに籠もって魔法の研究を続けていたということを考えると、それも少し頷けた。
 どうも初めまして。ラグナセカ・タイタヒルと申します。
 わたしは立ち上がって、少し固目の挨拶をした。 こんにちは、ラグナセカさん。私がこの館の主です。
 彼女はそう言葉を返した。名前を名乗らなかったのは、まだリンプという名前を使いこなせていないからだろうか?
 ケーキはどうでした?
 あ、美味しくいただきました。
 これはお世辞ではなく、本当に美味しかったのだ。やはり彼女が焼いたのでしょうか?
 リンプはわたしの対面、ルアの背後に立っていたのだが、おもむろにルアの手札から一枚のカードを抜き、場に出した。それは赤の騎士だった。
 そして次の手順で竜を出させた。
 ほら、こうすれば竜がちゃんと生きますよ。
 あ、本当だ……。ありがとう。
 これがルアの初勝利だった。





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