December 05, 2005

第6回リアクション D8 S−1


冷たい雨に備えて


 S−1 騒動

 ここリュミエールでも一部の落葉樹が紅葉を見せ始めていた。エミル・キルライナ公爵率いる調査隊もこの地に到着してからの時間の経過を感じずにいられないものが大半であった。
 先月のエミルの指示により学者はほとんど王都へと引き返していたが、その他の要員はまだリュミエールに留まっていた。
 第二の魔法陣の調査、以後現れるであろう魔法陣の予測、怪しいと思われるヴァンデミとエークの捜索、エルフとの関係回復……やるべき事項は多岐に渡った。そしてエミルは人差指を顎にあてがいながら次の指示を伝えた。
 ミリシア・ラインテール伯爵、騎士のファング・ディスマイル、騎士隊長の三名にはいくらかの要員を随行させ、第三の魔法陣の場所予測、移動を命じた。自らは別行動に移りヴァンデミたちの情報収集に動くと言う。しかしその具体的な行動指針は明かさなかった。
 指示が行き渡るとそれぞれが与えられた任務を果たすべく、行動を開始した。ただ、ファングを除いて……。

 エミルは王都に伝令を出し、既にリュミエールを発っていた。伝令の内容は新たなる学者の補充の要請で、出来るだけ体力があり若く柔軟な発想力のある者、という注文が添えられていた。
 残されたミリシア達はエルフ居住区の地図を広げ、次の魔法陣の出現場所について議論していた。全部で四カ所ということと魔法陣の形から、次に現れるであろう魔法陣の位置を大体だが推測することが出来た。それはリュミエールから北西に位置しており、近くにはクォリネという小さな村が在った。
 ミリシア達はこの結果を基に出現予定地点への移動を開始した。だがファングはそれに着いていこうとはしなかった。
「俺は白い館の方へ向かうぜ。ヴァンデミ達のことが掴めるかも知れないからな。誰かが行っておいたほうがいいと思うんだ」
 その申し出に対しミリシアは少し不満を漏らした。
「別にファングが行く必要ないでしょう?」
「いや、俺はそっちのほうでは余り役に立てないと思う。それでなくても今は人手不足なんだ。俺が行ったほうがいいだろ?」
 ファングはそう言って自分の選択を正当化させようとしていた。しかしミリシアが引き留める理由は全く別のところに在るということに気づいていないようだった。

 白い館はクォリネのすぐそばに在るため、クォリネまではミリシア達とファングは同行することになった。しかし魔法陣発生予定地はそれよりももっと北西に行ったところだったので、ミリシア達一行はクォリネを素通りしていった。
 こうして残ったファングはクォリネの村の入り口に足を運ぶ。頭上では太陽が燦燦と輝いており、秋とは思えぬ暖かさだった。これがクォリネ特有の気候だということはファングも少し知っていた。ここでは一年中晴れ渡っており、星の観測には持ってこいの場所だということだ。
 そういうことを考えても、村人の異様な姿には首を捻らずにはいられない。ここの住人はみんながみんな、大きな麦藁帽子を被り、手袋をし、袖の長い服を着ていた。徹底して日光を嫌っているかのようだった。
 また村の建物は臨時に建てられたような、継ぎ接ぎだらけのものが目立った。
 そしてファングの目は二人の人物を捕えた。一人はここの村人と同じく大きな麦藁帽子を被り、ローブに身をまとい、リュートを背負っている吟遊詩人のようだった。もう一人はファングのよく見知っている人物、エミルだった。
 二人は何やら話し合っているようだった。

 エミルは白い館が在るというクォリネに到着すると、一人の男に呼び止められた。吟遊詩人風の風体のその男はラグナセカ・タイタヒルと名乗った。
 クォリネの村人、という訳ではないが、この最近からここでお世話になっていると説明したラグナセカは、早速本題に入った。
「見た感じ貴族様のようですが……こんなところに何の御用でしょう?」
 エミルは今までの経緯を掻い摘んで説明すると、白い館までの案内を頼もうとした。
「それでしたらわたしもこれから行くところだったので、ご一緒しますよ。あ、それと、これ、見覚えありませんか?」
 ラグナセカはローブのポケットから何かを取り出しエミルの目の前に差し出した。
 それは金属板だった。表面には何かが刻まれているようだが……。
「これは?」
「先々月、メイシャに行ったときに海岸で拾ったんですけどね、ひょっとしたら何か大事なものかも知れないし。貴族様なら何か分かるのではないかと思ったのですが」
 じっと目を凝らして金属板の表面を見ると、何か文字が掘られていることが分かる。
「ここにフラニス王家の紋らしきものがありますね。あとこの文字は……ト……イ…ル? ちょっと読めませんわ。王都に持っていけば何か分かるかも知れないけど……」
「じゃ、それ、持っていてください。私には必要ないものですし」
 そう言ってラグナセカは金属板を手渡す。
 そこまで話が済んだところでファングが割って入った。
「キルライナさん、こんなとこにいたのか」
「あら、ディスマイルさん。なぜここに? 第三の魔法陣のところへ行っているはずでは?」
「俺も白い館の方が気になってな」

 ラグナセカは一つの小屋に入り、一人の女の子と一人の青年を連れてきた。少女はこの村の村長の娘でマフラといった。どうやら彼女の力が無いとラグナセカは館には入れないらしい。
 青年の方はセリアといい、館に閉じ込められた者の弟らしい。
 「閉じ込められた」という単語を聴き疑問の声を上げたエミルとファングに対し、ラグナセカは順々に館の説明をした。
「白い館は何百年も前からある建物ですが、入り口の扉は固く閉ざされており、誰も入ったことがありません。……少なくとも今年までは。
「50年ほど前、村を訪れた魔法使いに鑑定をしてもらったところ、魔法の力によって維持・防御がなされていることが分かっています。また魔法使いは『本当の助けが必要な時は迷わずこの館に入るがいい』という言葉を残しています。
「2月の日食の日に、ヌーという巨大な牛の大群に村が押し潰されました。そのときたまたま村にいた二人の学生が館に逃げ込んで、それから出られなくなりました。そのうちの一人がセリアの兄というわけです」
 その話を聞きながら、エミルとファングは予想以上の館の扉の硬さに驚いていた。もしかすると建立以来今年まで一度も扉を開いていない、という。そして今回中に入ることが出来た二人も閉じ込められた状態なのだ。
 だが今日はラグナセカは館の中に入るつもりでいるらしい。この小さな、5歳くらいの女の子の助けでそれが可能という。もしかするとこの計画に紛れ込めば、中にいる人と会えるかも知れないと二人は考え始めていた。
 しばらく歩くと森の入り口付近に佇む、白い館が見えてきた。それは見た目4階くらいの高さで、窓は全て閉ざされているため中の様子を伺うことは出来なかった。200年以上も前の建物にもかかわらず、朽ちたところは一つもない純白で瀟洒な建物だった。
 入り口は正面に添えられている、いかにも重そうな扉一つだけのようだった。ファングは試しにノブをつかみ、押したり引いたりしてみたが、びくともしなかった。場合によっては扉を壊してでも中に入ろうと考えていたファングであったが、相手が魔法によって守られている扉ではそれも叶わなかった。
 一方マフラという女の子は少し森に入ったところに隠してあった、籠のようなものを引き摺ってきていた。それはマフラと同じ位の大きさで、布を被せてあった。
「セー君、ちょっと手伝って。ラグおじさんは扉の前に立っててね」
 セリアとラグナセカは指示に従う。
 籠を見ると一枚の紙切れが張られてあった。セリアはそれをはぐり、書かれている文を読み上げる。
「なんですか、これは? 『足りないと思ったので、足しておきました。 By いらんことし』」
 意味が分からなかったが、マフラは余り気にしていないようだった。籠の中を覗き見て、あれ?増えてる、と不思議がってはいたが。
 いよいよ準備が整ったようだった。
「じゃ、いくよ〜」
 マフラは籠の中のものをぶちまけた。
 それはエミルやファングは見たことの無い生き物だった。大きさはネズミくらいなのだが、逆立ちをし、鼻で歩く奇妙な生き物だった。中には鼻の形が違い、鼻を器用に使い飛ぶものもいた。
 それらの生き物達はラグナセカの立っている方向へと進んだ。
「ぎょえーーー!」
 ラグナセカの方はといえば、その生き物の大群が近寄るのを見て、飛び上がるように逃げ始めた。どうやらこの生き物が大嫌いなようだ。
 そして逃げる方向には館の扉があった。ラグナセカは迷わず扉を開け館の中へ逃げ込んだ。……そう、扉は何の抵抗も見せず、すんなりと開いたのである。そしてラグナセカを館の中に収容すると、また扉は固く閉ざされてしまった。

 それらのことは実に短い間に起こったことで、理解するまでにしばらくの時間を要した。
 やっと我に飼えたエミルは、これまでのことを総括し、口を開いた。
「そういうこと……『本当の助けが必要な時は迷わずこの館に入るがいい』……つまり本人にとって危機が訪れている時にこの扉は開くのですわ」
 再びファングが扉をこじ開けようと試みるが、やはり開く気配はなかった。
「でもさぁ……館から出るために、扉を開ける方法は?」
 そのファングの問いに答えられるものはいなかった。




08:43:47 | hastur | comments(0) | TrackBacks