November 08, 2005

液体の重み

 雨が心の中まで染み入ってしまう。そんな陳腐な表現が当てはまる状態に彼はいた。
 その綺麗な髪も、翼も、そして心も陰気な水分を吸って重たくなっていた。

 彼は姉を探していた。

 幼い頃、はなればなれになっている姉の面影は、彼の記憶力でもってもぼんやりと残っていた。そして彼女と双子の姉弟である彼にとって、自分の顔が手がかりとなる事も知っていた。
 しかし、未だに見つかってはいなかった。手には通算4枚目の、探偵からの報告書が納まっていた。
 別にいまさら一緒に暮らそう、などと言う気は無かった。ただ、その存在を確かめたかった。ただ、去年の母の死を伝えたかった……。
 重い足取りで通りを歩くと、彼は道端に捨てられた新聞紙を見つけた。広告欄のそれにはこう書いてあった。
『助手、家政婦急募。委細面談にて。鳥人歓迎。C探偵事務所』
 彼はその文字に、一縷の望みを抱いた。

 その探偵事務所はすさんだ感じがしていた。だが、ここの主は実に紳士的だった。ずぶ濡れの彼にタオルを貸し、ストーブで服を乾かすといいと言った。
 彼はCと名乗り、この探偵事務所の所長であり、唯一の所員であることも付け加えた。そしてここの荒れ具合を、私は家事というものが下手でしてという風に説明した。
 さて、何か悩み事がおありのようですね。
 分かるんですか?
 ええ、心理学を少し齧ってまして。それで、あなたのここに来られた理由は? 仕事の依頼ですか? それとも面接希望者ですか?
 面接です。私、家事が得意なんです。ここで家政夫として雇っていただけないでしょうか?
 それは即答に近かった。そして彼は自分の台詞に驚く。不思議な事に姉の捜索依頼は口に出来なかった。面接です。その響きが自分に戻ってくると、至極当たり前のことを言ったような気がした。
 何時の間にか髪も翼も服も乾いて軽くなっていた。そして彼は心も幾分軽くなっているのを感じていた。


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08:24:31 | hastur | comments(0) | TrackBacks