October 12, 2005
第5回リアクション E1 S−1
ある愛に関する物語・A
誰もが数知れぬガラスに囲まれている。
あるガラスは反射し、あるガラスは偏光させ、視覚を歪ませる。
最も透明度の高い方向に誰もが進もうとしている。
見えない壁にぶつかった感覚を覚えたら、それはガラスにぶつかっているのだろう。
S−1 鳥類の思考
あの鳥が<誰でもない>にとってどれほど重要なのかは知らない。でも世話を引き受けた以上、鳥を逃がしてしまったことに対してあたいは責任を感じていた。
先月からあたいは、自分の緑色の部屋で鳥を飼うことにしていた。鳥はあたいに姿を見せないだけではなく、鳴き声や羽音さえ聞かせてくれなかった。まったく飼っているという実感は沸かなかった。
しかし変化はあった。最初は籠の掃除の時、糞や餌の食べ残ししかなかったけど一週間もすると小さな羽根を見つけることが出来た。それはルアが言っていたように綺麗な青色の羽根だった。
また一週間ほどすると籠を引っ掻く音がたまに聞こえるようになった。
けれどどこかで油断していたのだろう。先日籠を開けたまんまで台所に餌を取りに行ってしまった。
その時は鳥が逃げたとは気づかなかったけど、それから籠の中を掃除しなくても済むようになったので、やっと異変に気づいた。
あたいは他の二人には内緒で鳥を探し始めた。
戻ってくるかも知れないので籠を開けたままにして、中に餌を置いておいた。部屋の戸も少し開けておいた。しかし戻ってきていたとして、それを確かめる術はなかった……。
あたいは当てもなく狩人の勘を頼りに鳥を探そうとしていた。けれどさっぱりだった。
ここに来てだいぶ経つ。はっきり言って運動不足になっているみたいだ。以前のような勘が働かない。それに森の中と館の中ではやはり勝手が違う。あたいは大した成果もなくうろうろ動き回ることしか出来なかった。
ラウンジを探し回っていたとき、ばったりクラヤミと会った。向こうは特に用事があるわけでもなく、ぶらぶらしているだけのようだった。テーブルに上がって、置いてあったカードを一枚くわえる。
おまえ、あの鳥食べてないだろうね?
そう聞いてみてもクラヤミは我関せずという感じだった。ちらっとあたいを一瞥し、それから寝入ってしまった。
さっき選んだカードは「青の吟遊詩人」だった。そのカードに何か意味があるのかどうかは、この時は分からなかった。
けれど探索を初めて二日目に、何かの気配を感じることが出来た。何かが頭上にいるような感じがするのだ。それでも感じることが出来るだけで、捕えることは出来そうになかった。
どうしてルア達には見えて、あたいにだけは見えないのだろう? あたいの見たことのない鳥はあたいには見えないと言うことなのか? でもあたいはその鳥があたいは見たことがないということに気づかずに見ている鳥というのもいくらかあるはずなのだ。
我ながら考えがこんがらがってきてしまった。
鳥を逃がしてしまってから、あたいはルアと会ってる時もよそよそしくなっていたようだ。どうか鳥の話題が出ませんようにと思っていたからかも知れない。でもルアもそのよそよそしさに感づいていないようだった。
逆にルアはあたいに会うと何がおかしいのか分からないけど、よく笑顔を見せるようになった。そういえば<誰でもない>もあたいを見ると微笑むようになった。
なぜか分からないけど、その理由を聞くことは出来なかった。反対に鳥のことを聞かれるのが恐かったのかも知れない。
でもそれから数日後、彼らの笑いの原因が何であるかを知ることが出来た。同時に鳥を見つけることになった。
ある日あたいが緑の部屋で、次はどの辺を探そうか考えていると、誰かがノックしてきた。それはルアだった。
あたいは焦った。空っぽになった鳥籠を見られてしまう!
でもルアを追い返す良い口実が見つからなかった。結局腹をくくってルアを部屋に入れることにした。
最近何か探してるみたいだけど、どうしたの?
ルアは最近のあたいの奇行を心配してくれていたようだ。
い……いや、ちょっとね……。
歯切れが悪い。
良かったら僕も探すよ?
そう……じゃ、頼むよ。実は例のあの鳥なんだけど……。
あの鳥ってその鳥でしょ? もう籠いらないんだね。
ルアはそう言ってあたいの頭を指さした。暫くあたいの思考は止まった。……ということはずっとあたいの頭上に?
よくなついてるね。で、探しものって?
いや……もう見つかったから。
まだ納得してない様子のルアを、追い返す口実を考え始めた。
08:18:38 |
hastur |
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