December 07, 2004

第2回リアクション E1 S−2


 S−2 寝室の初対面

 僕は館の主人に聞きたいことがいくつかあった。一つは何百年も開かなかったこの館の扉が今開いたことにどんな意味があるのかということ。もう一つは僕達はこれからどうするべきなのかということだった。
 その答えを聞き出す手段として、僕は主人に手紙を出そうと考えていた。
 でもその必要はなかった。手紙を必要としなかった。

 4月も終わりの頃の晩だった。もちろんこの日付と時間は柱時計に準拠している。
 誰かが僕の寝室に入ってきた。僕はぐっすり眠っていたけど、聞き覚えの無い、こんばんは、という声に飛び起こされた。
 それは女性の声だったけど、ジェイルのものとは全然別のものだった。僕は声の主を狭い寝室の中に探した。
 声の主は扉の前に立っていた。当然初めて見る人だった。いや、初めて見る……エルフだった。 長い真っ白な髪から、細長い耳が覗いていた。無垢のゆったりとした服を身にまとっていた。
 初めまして。この館の主です。
 彼女はしっかりとした口調で挨拶した。
 こちらこそ初めまして。僕はルアフォート・ドーシルです。
 僕も笑顔で挨拶を返した。でも相手は僕の声を聞いてひどく驚いたようだった。それまでの落ち着いた雰囲気が崩れていた。
 どうかしました?
 いえ……ルアフォート……いいお名前ですね。
 あ、ルアでいいですよ。言いづらかったらドンちゃんでも。
 僕は冗談めかして言った。彼女もくすりと笑った。
 あの……そちらの名前は?
 名乗るほどの名前は持ち合わせていません。それでも名前で呼びたければ……<誰でもない>とでも呼んでください。
 <誰でもない>さん?
 それはとても呼びづらい名前だった。

 それから彼女は館の説明をした。僕はそれに口をはさむことなく、おとなしく聞いていた。
 この館は人間に対する私たちエルフの拠点の一つです。ここでは人間を滅ぼすための魔法を研究しています。
 またエルフの避難所でもあります。この館は研究が効率良くできるように維持と防御の魔法が掛けてあります。誰もこの館を壊すことは出来ないのです。
 更にこの館の中では何年でも暮らすことが出来るようになっています。これは魔法の研究はとても時間が掛かるからです。ここでは老いの速度も遅くなります。
 ここは避難所でもある、といいましたが、あなた達が入れたのはそのせいです。この入り口の扉は危機に瀕した人が逃げ込もうとしたときにしか開かないようになっています。
 逆に出るために扉を開ける方法は、わたしは一つしか知りません。それは人間を滅ぼす魔法を完成させることです。
 でもその魔法ももうすぐ出来上がります。あなた達はそれまでゆっくりここで休んでいてください。あなた達の世話はクラヤミがやってくれていると思います。
 クラヤミは私が生まれる前からここにいる黒猫です。多分館については私より詳しいでしょうね。
 彼女の話は僕の想像を越えていた。僕は突然こんな話をされて少し戸惑っていた。そしてもう少し話を聞こうとした。
 でも彼女の方は今日はこれで、と部屋を出ていった。
 お休みなさい、ドンちゃん。
 そんな言葉を残して……。

 それから僕はさっきの話を反芻していた。彼女は明らかに勘違いしているところがあった。
 一つはエルフと人間の戦争はとうの昔に人間の勝利で終わっているということを知らない様子だったということだった。
 もう一つは、僕がエルフだと思い込んでいる、ということだった。


(次回「ある父と娘に関する物語」へ続く……)



指針NO.

E01:館からの脱出を試みる。
E02:館を調べる。
E03:<誰でもない>と話をする。
E04:<誰でもない>の邪魔をする。
E05:Love2する(笑)。
E06:その他のことをする。




00:14:28 | hastur | comments(0) | TrackBacks

December 06, 2004

第2回リアクション E1 S−1


第2回リアクション E1 ハスター

 ある責任に関する物語・A


 責任を取る。責任を果たす。責任を感じる。
 連帯責任。責任重大。責任感。
 親の責任。子の責任。僕の責任。
 僕に人間を守るなどという責任があるのだろうか?


 S−1 既知の調査

 ケーキは見た目、美味しそうだった。小麦色のスポンジケーキで、デコレーションは全く無かった。
 早速ジェイルは毒見を始めた。ウサギの耳を少しちぎって食べてみる。
 ……うんっ。美味しいよ。
 そう言ってジェイルは二本目の耳に手を伸ばしていた。彼女は本当に幸せそうに食べる。
 こっちまで美味しそうな匂いがやってきていた。別に人参が入っているようには見えなかったし、僕もケーキを食べ始めた。
 味は素朴だけど癖もなく、素直に美味しかった。どこか懐かしい味でもあった。
 こうなると手が止まらなかった。まだ朝食を食べていなかったのも手伝って、歓迎用のケーキはあっという間になくなった。黒猫はその様子をあくび混じりに眺めていた。

 その日から僕は、行動の方針を変えてみた。それまでは入り口の扉を開けようとしていたけど、全く開かないようだし、もう少しこの館のことについて調べてみることにした。
 メモ用の藁半紙と鉛筆は持っていたので、まず入ってからの日数を書いてみることにした。これは朝起きてから一本線を書き加えるだけだったのだけど、あまりにも主観的な時間の記録だと思った。
 なぜならその時の僕達にとって、朝とは眠りから覚めたときだったからだ。館からは外の様子が少しもうかがえないので、その時が本当に日の出の頃かということは疑問だった。
 この日にちに関する記録も、しばらくしてやめてしまった。というのも、10日も続ければ分かることだが、柱時計の日付表示と全く同じだったからだ。それならば貴重な紙を消費するよりも、時計を参照したほうが早かった。
 実際、僕らが眠くなる頃に、時計の針は日の入りを指していたし、時計の針が日の出を指す時分に僕達は起きていた。この柱時計に生活のリズムを操られているような気もしたけど、特に違和感はなかった。

 次に僕は館の見取り図を作った。館を出る方法が見つからない以上、この館のことをもっと良く知る必要があると思ったからだ。
 出る方法が見つからないということに対して、僕はそれほどペシミスティックにはならなかった。出来れば早く空や太陽、そして何より星を見たかったけど、館を出たいという動機はそのくらいだった。
 館はちょっと退屈だけど、暮らしは快適だし、館の主人も歓迎してくれているようだったから、気長に考えることにしていた。
 家族や学院の友達達は心配しているだろうなぁ、とかたまには思ったりもするけど、とにかくここにいるうちは今の所安全なんだし……と気楽に考えていた。
 気長に、気楽に、と考えることが出来るのは、僕の長所かも知れない。時には短所なのかも知れないけど……。
 とにかく僕は見取り図を作った。それは一階と二階の隅から隅までの間取りを書き込んだものだった。どこかに隠されたスペースがあるかも知れない、と思っていたので、壁の厚さまで事細かく調べた。
 でもそれは大した成果は挙げられていないようだった。大体館に入ったときに調べた通りだったからだ。特に怪しい空間も見つけられなかった。
 一つだけ気付いたのは、柱時計の右側の壁に何か擦ったような跡があったことだった。それが何を示しているのかは、その時は分からなかった。
 見取り図には新しい事柄を書き加えられなかったけど、調べている最中にちょっとした変化を見つけることが出来た。
 ホールの間取りを調べているときだった。入り口の扉のほうから微かに音が聞こえた。それは音楽のように聞こえた。
 僕はあわてて扉に耳をつけた。音楽は扉のすぐ外から……リュートと歌声のように聞こえた。
 歌の内容までは聞き取れなかったけど、その歌声は三人の男性のものだった。そのうちの一人の声はどこかで聞き覚えのあるもののように聞こえた。
 曲は単純なメロディのリピートで、ホールに煙と共に現れるあの曲とは異質のものだった。
 歌の最中、僕は外にいる人に僕達が館の中にいることを示そうと、何回か扉を叩いた。でも反応は得られなかった。こちらからの音は外には漏れないのだろうか?
 暫くの後、その歌は聞こえなくなった。でもこのことでいくつかのことが分かった。館の周りに誰かが来ていたということ。それはヌーの驚異が既に去っているということだった。




21:41:31 | hastur | comments(0) | TrackBacks