October 11, 2004

ESCAPE


 やっと『休み』がやって来た。ロングは伸びをした。
 正確にいうと、『休み』を奪ったのだが。
「せっかくの長い休みだ。何をしようか」
 自問する。
「メイジの奴はずいぶん前から、同じように『長い休み』に入ってたな」
 長椅子に足を放り投げ、茶色の髪をかきむしる。メイジは元同僚だ。
 別にメイジにつられて『休み』が来たわけではない。かといって、預言者・カンカンの予言を気にしたわけでもない。ロングは無関心になって、それで『休み』が来たのだ。
 もともと、これといった目標があって生きてきた人間じゃない。ただ高いところが好きだった。
「アラのところでも行くか」
 カードだらけの財布をポケットに入れ、ごみごみした部屋を出た。そういえば、ブランドものを集めるのも好きだった。
 道には降下猟兵募集のビラ、鉛の兵隊が行進していた。それもいいかな。ロングは思った。
 アラの家についた。ちらりと見える縁側では、いつもどおりアラの祖父と祖母がうたた寝していた。
 ピンポーン。
「はいはい、どちらさまですか?」
 出てきたのはアラの母。大きい鼻がアラと似ている。
「僕ですが、アラはいませんか」
「ああ、ロングさん。ごめんなさいね、ちょっと今お姉ちゃんと出掛けてるの」
「いいですよ、たいした用じゃないですから」
 いい天気。帰り道の空はよかった。

 朝が来た。『休み』の朝。電車の時刻を気にしなくてもいい。
 顔を洗う。鏡の向こうには、たれ目で細い顎のロングの顔。
 TVをつけると、マリオネットがタップダンスを踊っていた。名前は「ピノキオ」。鼻が長かった。
「今日は何をしよう」
 自問する。
 結局、また町をぶらつく。この町はイチゴという。『楽団』はもう通り過ぎたので、子供はいない。
 ロングの足が止まる。看板があった。
『高いところへ行ける切符。たったの500円』
 看板の横にテーブルがあり、男が座っていた。男は左手の甲から血を流していたが、平気な顔でニコニコしていた。
「お兄さん。どうだい1枚」
「高いところって、どこまで?」
 男は得意満面の顔で答えた。
「飛行機よりも高いところさ」
 これはすごい。降下猟兵に入るより得じゃないか。ロングは考えた。考え込んだ。
「なあ、買ってくんないかな。俺、もっと南に行かなきゃいけないし、金ないんだ。ここの坊主がいなくなったからってことで、ちょっと働かせてもらってるんだ」
 男は笑顔を少し曇らせた。
「よし買おう」
 ロングはカードを出した。男はもっと困った顔をした。だからロングは仕方なくエルメスのスカーフで切符を買った。

 ロングは高いところへと飛び立った。イチゴでは、いや世間一般ではそれは嫌なものらしい。理由は簡単。「安く飛行機より高く行く」から。
 でも、誰も見てなかった。見て見ぬふりをした。
「たとえ変な顔してても、すぐに忘れるんだろう?」
 ロングは言った。
 途中で腹が減ったが、ゴミの山を漁ってしのいだ。
 そして、高いところに昇った。
 そこからは、すべてが同じに見えた。だからロングは高いところが好きだ。
 そこからは、すべてが同じに見えた。だから一生懸命、背比べしたってダメだ。
 『休み』が来たのはそういうことかもしれない。
 アラを探してみたが、やはり見つからなかった。

 次の日の朝。『休み』はまだまだある。
 ピンポーン。
 玄関のドアを開けると、少女が立っていた。可愛い少女だ。ロングは驚いた。『楽団』が通っていった後なのに…?
「……どなた?」
「あたしはクラヤミ。あたしを三本辻まで連れてって」
 声も可愛い。右胸に兎のぬいぐるみの耳だけを抱いていた。
「でも、僕は神様じゃないよ。当然巫でもない」
「だって、高いところにいたじゃない」
 ロングは屈み込みながら言った。
「だからといって神様とはいえないよ。ねえ、どこから来たの?」
 クラヤミは少しがっかりした。
「ラララ」
「ラララから?遠くから来たんだね」
 そして、慰めも含めて、
「せっかくだから遊んでいかないか?」
 と言った。
 クラヤミははにかんで頷いた。
「あたし、お絵描きがしたい!」

 ロングは部屋のブランド品を片付け、奥にあった段ボールを引っ張りだした。クレヨンも出した。
 ロング達は段ボールを駐車場に広げ、お気にいりの色に塗った。色は混ざりあって暗くなった。
 誰も見ていなかった。見て見ぬふりをしていた。
「嫌な顔してても本当はうらやましいんだろう?」
 ロングは言った。
 『休み』は楽しい。きっと、こういうことがしてみたくて『休み』が来たんだろう。
 アラの顔を描いてみたが、上手く描けなかった。

「そろそろいかなくっちゃ」
 クラヤミは出掛ける準備。兎の耳をしっかりと抱く。
 そういえば『休み』はまだまだある。連れていってもいいか。ロングは思った。
「連れていってあげるよ。本当は僕、神様なんだ」
 目を大きく開けてクラヤミ。
「さっきといってることが違うわ。じゃあ、もう一回高いところにいってみせて」
 次はポールスミスのスーツで切符を買おう。ロングはまた、ブランド品を減らした。




14:12:23 | hastur | comments(0) | TrackBacks