January 21, 2006

PPS


 Cは朝の教員室で新聞を広げていた。
 彼は副業として私立探偵を営んでいるのだが、借りている事務所兼居住エリアは散らかる一方だった。それは彼の家事能力の乏しさによるものだったが、この現状を打破すべく先日一手を打った。
 要は家事をしてくれる人を雇えばいいのだ。ついでに助手も欲しいところだった。そういう経緯で新聞に求人広告を出したのだった。
 紙面の端に載った自分の文章を見つけると、Cはまだ見ぬ助手と家政婦を想像した。

 今日の講義は『青年心理』。主に二回生を対象としているが、三回生や他の学部から受講する者も多い。比較的単位がとりやすいというのが理由らしい。
 ほぼ満席に近い学生が着席すると、Cは受講カードを配り始めた。
 心理学の講義といえば、実体験が伴う場合が多い。未だ青年といえる年齢のCが、青年心理学を説くというのは些かおかしい感じがするが、それでも不自然に思わせる事無く話が進められるのは彼の才能だろう。
 今日も自分とそれほど違わない学生たちに、青年心理のメカニズムを系統立てて論じている。
「何か質問はありませんか?」
「はい。『ピーター・パン・シンドローム』についての詳しい説明をお願いします。」
 手を挙げたのは、暖かい春の小川のような髪の持ち主、K。心理学を専攻しており、積極的に講義に参加するのでCも覚えが良かった。更にいえば、彼女の父が自分の事務所の隣で同じく探偵事務所を開業しており、プライベートでも面識があった。
「簡単にいえば大人になりきれない青年たちの心の症候群です。大人社会への仲間入りの出来ない、未熟な男性の形成を表しています。主な社会的背景としては……。」
 説明を続けながら、Cはふと考えてしまう。自分たちは、立派な大人なのだろうかと。ネヴァーランドでの冒険は、なぜ終わりを見なければならないのだろうかと。
 その問いを解く為に、心理学の研究に従事しているのかも知れない、とも。




09:07:40 | hastur | comments(0) | TrackBacks